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30 ナスターニャ(1)

 長くなりそうだったので、分割します。

「ハリーさん、もう少し滞在してもいいんですよ……?」


 時はあっという間に流れ、年も明けたため俺達はクェート市を発つことにした。


 イリーナ嬢が寂しそうにそう言い、体を押し付けながら潤んだ瞳の上目遣いでこちらを見る。柔らかい感触と香水の甘い香りが鼻腔を刺激し、くらっとしたがなんとか耐えてイリーナ嬢を引きはがす。


「また帰ってきますから」


「ぜ、絶対ですよ!?約束です!」


 「破ったら承知しませんからね!」と鼻息を鳴らすイリーナ嬢が可愛い。


 イリーナ嬢を引きはがした後、クェート伯爵からもお言葉を賜った。


「……小僧」


「は、はい」


 俺のことをハリーと呼ぶのを躊躇ったのか、まさかの小僧呼びだった。


「次に来るときは、騎士爵か男爵位を持って来い」


「は、はぁ……」


「返事をしっかりせんかい!!」


「はい!!」


 いまいち言いたいことがよく分からなかった。

 この人は遠回しに婚約を許可したいのだろうか?


 発言の真意を尋ねようとしたが、クェート伯爵がイリーナ嬢に背中を叩かれて引き下がってしまった。


 続いて、イリーナ嬢達の次にお世話になったギーナス氏からも見送りの言葉を貰った。


「ハリー殿、ハリー殿ならばそこらの盗賊や魔物は相手にならないでしょうが、道中お気を付け下さい」


「ええ、気を付けます。ありがとうございます」


 ギーナス氏には色々と教えてもらったので、心から感謝している。


「メリーさん達も、また会いましょうね!」


「ええ!」


 最後にイリーナ嬢がメリー達と順々に抱擁を交わしていく。

 名残惜しいのか、抱擁の時間がとても長かった。抱き合っている時に歪む母性の塊が実に良――ん゛ん゛、けしからんかった。


 最後のリナとの永遠にも思えた抱擁が終わり、イリーナ嬢達に手を振って別れた。





「それで、これからどこに行くんだっけ?」


 メリーが馬車の確認をしながら尋ねてくる。


「次は公爵領なんだが……その前に、リーニャのお母さんが言っていた場所に向かわなきゃいけないんだよな」


「ああ、そういえばそんなの言ってたわね……リーニャのレベルは大丈夫なの?」


「ああ、今朝確認したら21になってたぞ」


 ――「受神」とかいうスキルも持っていたな。

 という言葉は飲み込んだ。巫女であるメリーなら何か知っていたかもしれないが、何故だか口に出すのは良くない気がしたのだ。


「それなら大丈夫そうね。――うん、馬車の整備は完璧みたい。乗るわよー!」


 馬車の確認をし終わったメリーが、付近で遊んでいたリーニャ達を呼ぶ。


「はーい!」


 リーニャの持つスキルの名前が少し不穏だが、リーニャ母からの頼みなので今更引き返すわけにもいかない。実の娘を連れて行かせるのだから、悪いようにはならないだろう。





 馬車を走らせて20分程。

 リーニャ母の言っていた場所は「クェート市から南に2キロ程進んだところ」だったはずなので、馬車の速度を考えるとそろそろ到着してもおかしくないはずなのだが……。


「「何も見えない」」「な……」「わね……」


 俺とメリーが同時に呟く。

 周囲には何の変哲も無い草木しか見えず、訪れるべき場所は一切見当たらない。


「何か魔法とかかも……知れないわ……一度馬車を停めましょう……」


「了解、メリー」


「はーい」


 前にリナがエルフの里は魔法で隠されていると言っていたので、ここも同じような可能性はある。

 リナの指示に従い、メリーが適当な空き地に馬車を停めた――その時。


「うわぁ!?」「なにこれ!?」「きゃっ!?」


 俺とリーニャ、リナから驚きの声が上がる。

 それもそのはず、メリーを除いた俺達3人の体から、青い光が漏れ出ていた。


「え、何!?」


 振り向いたメリーの驚く声を最後に、俺の意識は遠のいていった。





「――ッ!リーニャ、リナ、大丈夫か!?」


「――ええ、私は大丈夫だけど……」


「…………」


 突然意識が覚醒し、体を起こして2人の安否を確認する。

 リナは体を起こしながら返事をしてくれたが、リーニャは横になったままだ。見たところ呼吸はしているようなので、死んでいるということは無いはずだ。


「ここは……?」


 俺とリーニャ、そしてリナ以外には何も無い、真っ白な空間。

 こんなところは訪れたことが無いはずなのに、不思議と見覚えがあるような気がした。


 そして、虚空に消えていったと思った俺の問いに、答えが返ってきた。


『ここは私の神域の1つです』


「!?」


 姿はどこにも見えないが、頭の中に女性の声が響いた。

 リナも同じだったらしく、驚いた顔をしている。


『異なる世界の人の子よ。突然転移させてしまい、申し訳ありません』


「い、いえ……あなたは誰なんですか?」


 俺とリナの正体が転生者であることを見抜いているのに驚きを感じたが、それよりもこの声の正体が気になる。

 俺の問いは無視されることなく、律儀に返された。


『私はナスターニャ。あなたが言うところの……そうですね、創造神というものでしょうか』


「創造神……でも、創造神は死んだはずじゃ……?」


 確か、グランデル市でメリーと一緒に見た演劇では、ナユリエ神と魔神によって殺されていたはずだ。


『死んだ、という表現は当たらずとも遠からずですね。疑問にお答えする前に、覗き魔から見えないようにしておきましょう』


「覗き魔?」


 創造神がそう言うと同時に、俺とリナの頭上に青い光の球が現れた。俺の頭上には1つ、リナの頭上には2つだ。

 顔を上げて光の球をよく見ようとした途端、光の球が俺の胸に吸い寄せられていき、吸収されていった。どうやら、リナの方も同様の出来事が起きたようだ。


『これで大丈夫ですね。とはいえ座標は露呈してしまったので、あまり長くはお話しできませんが……丁度『受神の巫女』も起きたようですし、昔話をするとしましょう』


 『受神の巫女』とやらが誰のことを言っているのかは、すぐに分かった。創造神の言葉と同時に、リーニャが起き上がったからだ。


「んぅ……?ここは……?」


 リーニャが目を擦りながら質問したが、創造神は同じ質問に二度答えるつもりはないらしい。

 リーニャの問い掛けを無視して、昔話が始まった。


『この世界に一般的に知られている神話は、悪事を働いていた私の元にナユリエ達がやって来て、そして私が殺される……そういった内容だったはずです。しかし、そもそも私は悪事など働いてはいない……そもそもの事の発端は、ナユリエ達が私の権能を羨んだことに始まるのです』


「「権能?」」


 俺とリナが同時に言った。

 リーニャは難しい話を聞く気が無いのか、欠伸をしてしまっている。


『あなた方がユニークスキルと呼ぶその力ですよ。魔神から貸与されているその権能は、元を辿れば私の物なのです。……ああ、返せなどとは言いませんよ?』


 そんなことは心配していないのだが……そもそも、魔神から貸与されているという部分に驚きだ。あの時リーニャ母が言っていた『魔神の手駒』とは、そういう意味だったのか。


 俺の内心の驚きをものともせず、創造神は話を続ける。


『私の権能を羨んだナユリエ達は、2人がかりで私との戦いを始めました。力の差は歴然だったのですが……ナユリエの持ち出した秘策に、私は敗れました。それこそが、代々この世界で行われている『勇者召喚の秘術』なのです』


 メリーに聞いた神話では、対魔神のためのものだったはずなのだが、史実は違うらしい。


『異世界から呼び出された器の大きな人間に、自身の権能を貸与し戦わせる。それがナユリエの用いた手段でした。神の権能を帯びた勇者達は強力で、しかも成長することによって更にその権能を強めていきました。たちまち追い詰められた私は、遂に敗北してしまい、保有する権能のほとんどを奪われてしまいました。以降、私は残されたいくつかの神域に隠れ住むのみとなっています』


 先程の「元を辿れば私の物」という発言は、そういうことなのか。

 俺もリナも黙って話に聞き入っているが、創造神の目的が一切読めない。


『私の目的は、あなた達が帯びる権能を魔神の手から取り戻し、そして私の協力者となってもらうことですよ』


 俺達の心を読んだかのような発言をする創造神。


『さあ、あなた方の疑問には答え、私の目的も話し終えました。何か訊きたいことがあれば、遠慮無く聞いて下さって構いませんよ』


 創造神にそう言われ、俺はしばし唸る。

 リナはこちらに丸投げするような態度を取っているので、俺が質問するしかないだろう。


 30秒程唸って一通りの考えをまとめた俺は、質問をするために口を開いた。

 クェート伯爵城での話は蛇足になりそうだったので割愛しました。その内閑話で書きます。


12/07 >誤字修正しました。

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