27 クェート市(1)
何度かの野営を経て、俺達はクェート市に辿り着いた。
メリーは上機嫌に操車、リーニャは人混みにあたふたし、リナは車酔いだ。リナに関しては、毎晩リーニャに怒鳴ったせいで喉の痛みまで出てきている。
「リナ、降りるか?」
「ええ……」
検問の列が消化されるまで馬車は進まないので、リナの酔いを醒ますために馬車から降ろしてやる。
リナの肩を支えながら周りを見ると、露店がいくつか見えた。検問待ちの人達に物を売っているのだろう。
「見に行きたいなら見に行ってもいいわよ……?」
俺の視線の先に気が付いたのか、苦しそうなリナが言う。
「いやいや、暇だから見てただけだよ」
流石にこの状態のリナを置いて行くのは可哀想なので、そばにいてやろう。
そんな風にしてリナの肩を支えながらメリーやリーニャと雑談している内に数分が経つ。
まだ検問の列は残っていたのだが……何故か衛兵が数人こちらにやってきた。
「何の御用ですか?」
まだリナの酔いが醒めていないので、リナを背後にやりダミーの鉄剣の柄に手を当てる。
衛兵だからと言って警戒を怠ってはいけない、というのはメリーに教えてもらった。一部の街では衛兵であるにも関わらず女性を不当に捕まえる奴らもいるらしい。
「失礼ですが、ハリー殿でお間違えないでしょうか?」
「……は?そうですが?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「念のため、身分証をご提示いただいても?」
「は、はぁ……」
何故俺だけ列を無視して検問されているのか分からない。
ほら、前後の人達だって不思議そうに見てるよ?
とはいえ、指示に逆らうわけにもいかないので、ミラーノ市で作った冒険者カードを見せる。
あれだけ盗賊退治をしたのに未だD級なのは納得がいかない……。
それはさておき。
俺の冒険者カードを確認した衛兵は頷くと、カードを返して敬礼した。
「へ?」
「ハリー殿、城でのご歓待の用意はできております。あちらの門から市内にお入り下さい。その後の案内は衛兵が務めます」
「は、はぁ……」
イリーナ嬢が何かやったのか?
まあ、ここまで言われたら仕方ないか……。
話を聞いていたメリーが確認するようにこちらを見るので頷いてやると、馬車が衛兵が示した門に移動する。たぶんだが、あれ貴族用だと思うんだけど、通っていいの?
少しだけ酔いが醒めた様子のリナを連れて、俺も馬車の後を追う。
「どうぞ、こちらに!」
荷物の検査なども特にされず門を通されてしまった。
騎馬に乗った2人の衛兵が先導してくれるそうなので、俺とリナももう一度馬車に乗る。
住民のこちらを見る目がなんだか落ち着かない。
どこかの貴族とでも思われていそうだ。
◇
「ハリーさん!またお会いできて嬉しいです!」
「え、ええ、こちらこそ……」
城の門をくぐった途端、イリーナ嬢が現れた。
こういうのって、普通城の中で待っているもんじゃないの?
イリーナ嬢に社交辞令を返した後、衛兵の先導で馬車を停める。馬を世話してくれる人まで付いているようで、馬車も洗ってくれるそうだ。至れり尽くせりでなんだか申し訳なくなってくる。
「では、我々はこれで!」
「先導ありがとうございました」
美しい敬礼とともに去っていく衛兵に言葉を返す。
領主が亡くなったばかりにも関わらず彼らの仕事ぶりが丁寧だったのは、きっと今は亡きクェート伯爵の人望ゆえなのだろう。
「ではハリーさん、こちらにどうぞ」
イリーナ嬢直々にエスコートしてくれるらしい。
イリーナ嬢に手を引かれ、3人を連れて城内を目指す。
護衛の兵士達がリーニャに対して訝しげな目を向けたが、イリーナ嬢が気にしていないので特に対応する気はないようだ。イリーナ嬢はリーニャともある程度仲良くなっていたので、城内で差別を受けることは無いと思いたい。
「父様が亡くなってしまったので、今はお祖父様が領主の任に就いておられるのです」
イリーナ嬢は貴族にしては珍しく一人っ子なので、他に領主を務める人がいなかったそうだ。
イリーナ嬢の祖父が亡くなったら、イリーナ嬢の結婚相手が領主を務めるのだ、と体を近付けながらやけに嬉しそうに言われた。ついでに今は婚約者もいません、とも。
背後からメリーとリナの視線を感じるので、イリーナ嬢を引きはがしておく。
「さあ、こちらにどうぞ。お祖父様がお待ちです」
「失礼します」
イリーナ嬢によって扉が開かれ、客間に案内された。
2つあるソファーの片方には、厳格そうな中年男性が腕を組んで座っていた。彼が現クェート伯爵だろう。
「座りたまえ」
クェート伯爵は体一つ動かすことなくそう言った。
イリーナ嬢と共にソファーに座るが、3人が座らずにソファーの横に立っている。
「そちらの3人も掛けて良いぞ。イリーナを助けてくれたのじゃろう?感謝している」
クェート伯爵の言葉を受けて、3人が恐縮しながら――特にリーニャはビクビクしていた――俺の横に腰掛けていく。いち早く動いて俺の隣を掻っ攫ったリナはご機嫌そうだ。
「さて……イリーナを盗賊の魔の手から救ってくれた貴公らには非常に感謝している。そこで褒美としてイリーナを嫁にやろうと言う話も出たのじゃが……儂は認められん!」
そう言ってふん、と鼻を鳴らすクェート伯爵。
いや、誰も嫁に欲しいなんて願ってませんけど……?
「いえ、結構ですよ?」
「なに!?儂のイリーナのどこが不満だ!!」
断ったら断ったでこうなるのか……厄介な。
どうやらクェート伯爵は重度の孫バカらしい。こちらに矛先が向いていなければ愉快そうな人物だ……こちらに向いていなければ。
少なくともブルーノ子爵のような人物よりは好感が持てる。
「よってだ!我が領騎士団の団長に勝てば、貴公をイリーナの夫として認めてやろう!」
「ハリーさん、勝ってくださいね!」
真正面から向けられる苛立たし気な視線と、右隣から向けられるキラキラとした視線。ついでに言うなら、左隣からもジト目を向けられている。
誰か、助けて……。
◇
「クェート領騎士団長、ギーナス・フォルネットと申します。本日はよろしくお願いします」
「D級冒険者のハリーと申します。こちらこそよろしくお願いします」
訓練場でお辞儀をする俺とギーナス氏。
D級、と聞いてギーナス氏が驚いた。
「でぃ、D級ですか……?失礼ながら、流石にD級冒険者相手には負けないと思うのですが……」
「いいえ、大丈夫です!ハリーさん、やっちゃってください!!」
何も大丈夫じゃないです、イリーナさん。
何故イリーナ嬢が一番乗り気なのか理解に苦しむ……。
「もしかして、手加減した方が良かったりします……?」
ギーナス氏が誰にも聞こえないように小声で囁いてくる。
手加減なんてされたらうまい感じに負けることができなくなるからやめてほしい。
「大丈夫ですよ、全力でお願いします」
「は、はぁ……では」
上澄みの騎士でもレベル30ぐらいだと聞いたので、まあ何とかなるだろう。
いい感じの勝負を演出して負けるだけだ。何ならギーナス氏が強ければ惨敗したって構わないのだ。
「武器はどうしますか?刃を潰した訓練用のものもありますが、自前のを使いますか?」
「あ~……まあ、自前ので良いでしょう」
ギーナス氏の武器は何やら業物っぽいので、ただの鉄剣である俺の武器を見て提案してくれたのだろう。
まあ実際ただの鉄剣なのだが、勝ちに行っているわけではないのでこれぐらいは丁度いいハンデだ。
「では……合図をするのも面倒ですので、お好きなタイミングで打ち掛かってきてください」
「分かりました」
これはなんだか舐められている気がする……いやまあ、ギーナス氏から見ればD級冒険者がそこら辺の鉄剣を持って斬りかかってきたところで、どうとでも対処できるということか。
ギーナス氏が剣を抜いたのを確認した後で、こちらも鉄剣を抜く。
あちらの武器は光の反射の仕方からして高級品だ。魔剣ではないだろうが、それでもかなりの腕前の職人が鍛えていることは窺える。
ま、レベル差もあるし打ち掛かった側のこちらが壊れることは無いだろう。
「ハアアアアア!!」
イリーナ嬢がいる手前、本気を出しているように見せるために、叫びながら打ち掛かる。
初手はどのくらい手加減をすればいいかの様子見をするために全力で打ち掛かったのだが、普通に止められてしまった。手加減無用と言ったので、油断はしていないようだ。
「D級にしては中々の速度ですね……」
尚も続く俺の連撃を捌きながら、ギーナス氏が講評する。
10以上のレベル差がある相手を前にしているにも関わらず、表情は余裕そうだ。
「ですが、冒険者らしくレベルやスキルに頼っていますね」
俺の上段斬りを受け流しながら、ギーナス氏は言う。
「だから守りを突破できない」
ギーナス氏が言うように、俺は何度も打ち掛かっているが、彼の防御を突破することができていない。
これは幾分か認識を改めなければいけなさそうだ。
「見たところ、冒険者としてはそれなりに経験を積んでいる様子……ですが、剣術は真っ当なものでは無さそうですね」
俺が放った全力の突きは、ギーナス氏によって容易く弾かれた。
跳ね上げられた剣に引き寄せられて、俺の腕が持ち上がる。
「だから、こうなるのです」
無防備になった俺の胸に、ギーナス氏の剣が素早く迫る。
しかしその剣は、俺の心臓を突く手前で止まった。
「……参りました」
そこまで手は抜いていなかったのだが、この段階で負けるとは思っていなかった。
まあ本気を出せば、「回避」スキルのサポートで避けれたと思うけど、長引いても面倒なのでこれぐらいでいいだろう。
「レベルだけでは勝てない戦いもあるのですよ。よければ、今後も稽古をつけましょうか?」
「いいんですか?」
「ええ。筋は良さそうですしね」
「片手剣」スキルがマックスだからだろうか、技術の習得が早い気はするが、習得する機会が無ければ意味が無い。こういう本職の剣士に教えてもらえるのは良いことだろう。
そうだ、イリーナ嬢への言い訳もしておかなければ――。
そう思って振り返った直後、イリーナ嬢が抱き着いてきた。
「分かっていますよ、慣れない剣に振り回されただけですよね?勇者様」
そして俺にしか聞こえない声量で囁いてくる。
うーん、そういうわけじゃないんだけど……たぶん、エクスカリバーを使ってもデュランダルを使っていても、剣は弾かれていた気がする。
まあ、勘違いしてくれているならそれに越したことは無いか。
「ふん、口だけだったようじゃな!まあ、イリーナを助けてくれた褒美に、この城への滞在は許可してやろう!」
「あ、ありがとうございます」
クェート伯爵がやけに上機嫌に言った。
滞在許可がもらえたのならそれでいいか。
尚も抱き着いたままのイリーナ嬢を引きはがして、俺達はそれぞれの部屋に案内してもらうこととなった。




