26 4人の野営
旅にリーニャとリナが加わって、分かったことがある。この2人は、食事に関することがそれぞれ別で突出している。
リーニャは、滅茶苦茶たくさん食う。その小さい体になんで入るのってぐらい食う。テレビとかで見るフードファイターかってぐらい食う。
対するリナは割と少食なのだが……料理が滅茶苦茶上手い。
この2人の組み合わせが何を起こすかと言うと……リナが料理を作った端からリーニャが爆食する、ということが起きる。俺とメリーは急いで食べなければリーニャに片っ端から食われてしまうので、毎回食事の時に焦って自分の分を確保するのだ。
そしてその結果、リナはリーニャが満足するまでご飯を作り続け、リーニャが食い過ぎで倒れた後にようやく食べることができるという、悲惨な状況に置かれることになった。
昼は馬車で吐きそうになり、夜は機械的に食事を作りまくる。
見ていて非常に可哀想になる状況だった。
ただ幸いだったのが、リナが料理好きであることだった。最初こそ美味しそうに食べまくるリーニャを見て微笑んでいたのだ……最初こそ。
今では俺とメリーが食べ終わる頃には空腹でイライラし始め、たまに眼力だけでリーニャの動きを止める程だ。
その甲斐あってか――表現が正しいのかいまいち分からないが――今ではリーニャの主観では、一番怒らせてはいけない人物はリナとなった。
頼れる兄貴が俺、甘えられる姉がメリー、そう感じられているらしかった。
そんなこんなで、今日も食事の争奪戦は起きている……。
「あーっ!!リーニャ、それ私のー!」
「ふぉふぁふぇふふぉうふぁふぁふい」
「リーニャ、食いながら喋るのは下品だからやめ――ちょおい、この肉は俺が大事に取っといたやつだぞ!」
それぞれの確保しておいた料理をリーニャに強奪され、阿鼻叫喚の俺とメリー。
ここ最近の日常であった。
「リーニャ、食べ過ぎよ」
「ふん……」
リナが注意するも、リーニャの勢いは止まることは無い。
まだリナの声音は優しく、怒っている気配は感じられないからだ。表情だって柔らかく微笑んでいる。
「はい、ハリー」
「ありがとう!」
リナが作った食事を皿に盛り、俺に向けて差し出す。
俺はリーニャに盗られまいと急いでその皿を引っ掴む。
その様子を見ていたメリーは不満そうだ。
「リナ、次私に頂戴!」
「はいはい、ちょっと待って……」
メリーに急かされたリナは、手を動かす速度を速める。
「リナ、次早くー」
「ちょっと待ちなさい……」
続いて掻っ攫った俺達の分を早々に食し終わったリーニャがリナを急かす。
その声色は少しだけ不機嫌そうになっているが、リーニャはまだ気付いていない。
「はい、メリー」
「ありがと!」
「ちょっと、私のは~?」
「だから待ちなさいって!」
リナの差し出した皿を素早く受け取り感謝を述べるメリーとは対照的に、自分の分が作られないことに不満になるリーニャ。
そんな様子を見ながら、俺は自分の分を盗られる前に食い切った。
満足した俺とは違い、リーニャはまだまだ満腹ではないらしい。
「早く早く!」
「ちょっと落ち着きなさいよ!」
急かしまくるリーニャに、段々リナの語気が荒くなってくる。
リーニャは急かしまくっているが、料理素人の俺から見ても、リナの速度はおかしいと思う。レベルアップ分を「調理」スキルに振ったのかもしれないが、それにしてもおかしい速度だ。
「ねぇ~、まだぁ?」
「まだよ。ステイ」
「早く!」
「ストップ」
「お腹減ったぁ」
「さっき食べたでしょ!?」
「まだぁ~?」
漫才のような掛け合いを見て、食べ終わって高みの見物をしている俺とメリーは笑みをこぼす。
そんな俺達とは違い、度重なる催促を受けたリナは、木べらで鍋の底をガンッ!と叩いて怒鳴った。
「あのねぇ!!あんたちょっと黙ってなさい!!!」
「は、ハイ……」
「毎日毎日グチグチグチグチ!作る身も考えてみなさいよ!!こっちはあんたのために「調理」スキルまで取ってレベル上げてるのに、少しは感謝しなさいよ!!!」
「アリガトウゴザイマス……」
その後も「大体ねぇ……」とどんどん剣幕を強めながら怒るリナ。
リーニャはさっきまでの催促はどこへやら、萎縮してリナの言葉に頷くのみだ。
リナの怒りの矛先が変わるのを恐れてか、メリーはそそくさと水浴びの用意をして川に向かって行った。
やべ、出遅れた――。
「ハリーもそう思うでしょ!!?大体ハリーもハリーよ!!!リーニャのお母さんに「立派に育てます」とか啖呵切ったんなら、ちゃんと保護者らしく躾けなさいよ!!!!」
「は、ハイ……サーセン……」
あの時言ったセリフがこういう形で帰ってくるとは……。
何故か俺までリーニャと一緒に怒られる側に回ってしまい、その後30分程正座をさせられた。
途中で水浴びから帰ってきたメリーが安心しながらテントに入っていくのを見て、途轍もなくムカついた。
リナさん、怖いです……そろそろ解放してください。
◇
リーニャより早めに解放された俺は、川と反対方向に進んでから服を脱ぐ。
最近ようやく様になってきた水魔法で体を洗うのだ。
こういうのは家事魔法の方が適しているのだが、最低限体を洗うぐらいなら水魔法でも可能だ。
「身体洗浄」
裸になった俺の体を、温かい水が優しく包み込む。
今日の移動や戦闘で溜まった疲れや汚れを、温水が洗い流していく。
「身体乾燥」
続いて、俺の体表にある水分を蒸発させていく。
タオルで全身を拭く必要がないので非常に楽だ。
垂れ下がっていた金髪も一緒に乾燥していくのが、少し面白い。
「ハリー、私も洗――きゃっ!ご、ごごごめん!!」
俺が体を洗っていた木陰にリナが飛び込んできたが、俺が服を着ていないと分かるや否や顔を真っ赤にして戻って行った。
メリーと同じで自分の体を晒す分には無防備な癖に、人の体には過敏に反応するのが不思議だ。
俺が服を着終わったタイミングで、リナが再びやってくる。
「ハリー、服着た?」
「ああ」
今度は飛び込んでくる前に確認を取り、俺が頷いたのを聞いて飛び込んでくる。
「私も洗って!」
「はいはい」
こちらの世界出身のメリーとリーニャは水浴びで充分らしいが、リナはそういうわけではなかった。
俺が温水で体を洗っていると聞くなり、次の日から「ずるいずるい」と連呼してきたものだ。
リナが何の逡巡も無く服を脱ぎ始めるので、慌てて目を閉じる。
「別にハリーなら見てもいいのに……」
「そ、そういうわけにはいかんだろ」
「表情管理」スキルのお陰か、顔が火照るのは防がれたはずだ。
服を脱ぎ終わったリナが「お願い」と言うので、詠唱を始める。
ちなみに、触媒には魔石を嵌めた指輪を使っている。指輪の場合だと杖と違って振るう必要が無いので楽で助かるのだが、その分魔法の出力は落ちるそうだ。まあ、近接戦闘がメインの俺にとっては多少威力が弱くなる程度なら受け入れられる範囲内だ。
「――♪、身体洗浄」
「んーっ、気持ち良い……」
わざとなのか分からないが艶っぽい声を出すリナにドキドキしながら、次の詠唱を始める。
心なしか声音が楽しんでるように感じるのは気のせいなのだろうか?
「――♪、身体乾燥」
「ああーっ……」
またもや声を漏らすリナ。
理性を抑えるのが段々難しくなるので、やめてください。
魔法が終わっても服を着る様子が一切ないリナに、「早く服を着ろ!」と叫ぶ。
「はーい」
何故か少し残念そうな声を出して服を着るリナ。
コイツは転生者のはずなのに、何故異世界人であるメリーのような価値観なのだろうか……もしや、前世は露出狂だったのでは?だからストーカーなんて生まれたんじゃ……。
「ちょっと、何か失礼なこと考えてない?」
「い、いえ微塵も……」
「表情管理」スキルを乗り越えて思考を読んでくるとは、エスパーか?
そんなふざけたことを考えつつ、リナが服を着終わるのを待って目を開く。
「ふーっ。毎日お湯で体を洗えるだけでも幸せだわ。一人旅の時は水浴びに嫌気がさしてたから」
「特に今の時期はキツイしな……」
自前の毛皮である程度防寒ができるリーニャはともかく、人族のはずのメリーが耐えられている事実に納得がいかない俺とリナであった。
大体、冬に川で水浴びするとかどこの野生動物だよ!!




