25 リーニャ母
あれから1か月程経ち、この世界の暦では今日は12月10日らしい。転生者や転移者が広めたのか、閏年まであるらしい。
この1か月は、ラエン伯爵領内をひたすら駆け回った。その結果、領内の盗賊や悪魔崇拝者はほぼ全滅したと言っていい。
一回だけ下級悪魔を召喚されそうになるという事件も起きたが、なんとか召喚前に割り込むことができた。あの時は本当に焦ったものだ。
そして、その成果を報告するため、今はアリスの姿でライン市のブルーノ子爵邸を訪れている。
「いやはや全く、アリス様のお陰で領内の治安は非常に良くなっておりましてな。ラエン伯爵も喜んでおりましたぞ」
「それは重畳ですね。まあ、私としては契約通りに動いただけですので」
本音を言えば、目の前のブルーノ子爵に文句を一つ二つぐらい言ってやりたい。
あの数の獣人達とリナを買い取るだけで1か月以上領内を駆け回らされたのだ。絶対に等価ではない。
まあ、ブルーノ子爵の方が交渉力が上だったということだろう。今後貴族と関わることがあればもっと酷い目に遭う可能性もあるので、これで済んで良かったというべきだろう。
「では、こちらも契約通りに動くとしましょう」
そう言ってブルーノ子爵は立ち上がり、例の地下牢に俺を案内した。
相変わらず、ここの空気は濁っている。
「こちらですな」
案内された猫獣人の牢は、以前と変わらぬ状態だった。
念のため「万能鑑定」を使って確認したが、ブルーノ子爵は約束通り彼女達に手を出していないようだ。
「隷属の首輪は前のように破壊されるので?」
「はい」
ブルーノ子爵に鍵を開けてもらい、中に入って一人一人首輪を破壊していく。
解放しているというのに、彼女らの目は怯え切ったものだった……解せぬ。
「そういえば、男の猫獣人達は捕らえていないのですか?」
「私は男には興味がありませんのでな。あいにくと、鉱山などに売却済みですな」
「そうですか……」
申し訳ないが、仕方ないことだろう。
全員を解放したのち、ブルーノ子爵と別れた。
◇
解放した猫獣人は全員で7人だった。
子供やブルーノ子爵の眼鏡に適わなかった者達は、男達と同様に鉱山送りにされたのだろう。
相変わらず怯えた様子の猫獣人を連れて、市外に停めた馬車に向かった。
「リー……ニャ……」
「お母さん?」
「リーニャ!!」
「お母さん!!」
馬車に近付くなり、リーニャとリーニャ母が熱い抱擁を交わした。
その様子を見て周りの女性達もある程度安心したようだ。
しばらくして抱擁が解かれ、リーニャがハリーの姿に戻った俺のことを紹介する。
「ハリーが私を助けてくれたの」
「どうも、ハリーと申します」
「魔神の手駒が2人……?いや、片方は違う……?いえ、リーニャを助けていただいて感謝します」
前半の2つの呟きは小声で言ったために、「聞き耳」スキルを持っている俺か「遠耳」スキルを持っているリーニャにしか聞こえていないだろう。
いや、リーニャは特に反応していないから、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。
何やら不穏な単語が聞こえたが、聞こえなかったことにしてスルーしておこう。
「それで、リーニャを連れてどこかに住みたいというなら、こちらとしては止めませんが……」
俺がそう言うと、リーニャ母とリーニャは小声で相談を始めた。
相談内容を聞くのは無粋なので、「聞き耳」スキルが発動しないように耳を軽く押さえておく。
リーニャがこちらを向いたので、話し合いが終わったと見て手を離す。
「私は、ハリーと一緒に行く」
「そうか……お母様方は?」
「私達は、同胞を探す旅に出ようと思います」
「そうですか……では、少ないですがこちらを」
そう言うリーニャ母に、金貨を2枚ほど手渡す。盗賊退治のお陰で、お金は有り余っているのだ。
「こんなに……ありがとうございます」
リーニャ母にとっては大金だったようで、恭しく受け取り大切にしまった。
「そういえば、リーニャはレベルがいくつになりましたか?」
「今は……」
そう言われて、リーニャに向かい「万能鑑定」を使用する。
度重なる盗賊との戦いで、リーニャもレベルアップしていたようで、レベルは18になっていた。そして、スキルに「索敵」「超嗅覚」「遠見」が増えていた。索敵系のスキルばかりだな。
「18です」
「そんなに……では、クェート市から南に2キロ程進んだところにある場所に行ってください」
「場所……?」
「はい。訪れれば分かるでしょう。ああ、それと不躾なお願いですが、それまでにレベルを20に上げて下さい」
「分かりました」
どういうことか分からなかったが、とりあえず頷いておく。
「それでは、私達はこれで」
「……お母さん」
リーニャは引き留めようとしていたが、リーニャ母は早く同族を探しに行きたいようだ。
しばらくして諦めたリーニャが、不承不承といった感じでこちらに寄ってきた。
「ハリーさん。娘をよろしくお願いします」
「はい。必ず立派に育てます」
なんだか真面目な雰囲気のせいで変なことを口走った気がする。
まあ、リーニャが大人になるまではある程度面倒を見ようと思っているので、間違ったことは言っていないはずだ。
リーニャ母がお辞儀をして足早に去っていくと、リーニャが泣き出した。
たぶん、それまではリーニャ母を困らせないように我慢していたのだろう。
甘やかしたり慰めたりするのはメリーが向いていると思うので、リーニャをメリーに預ける。
リーニャがメリーに縋り始めたので、リナを連れて少し馬車から離れる。丁度リナに話したいこともあったからだ。
「なあ、リーニャの母親が『魔神の手駒が2人』とか言っていたんだが……どういうことか分かるか?」
「魔神の……手駒?」
俺の言葉を聞いて、リナは首を傾げて考え出す。
流石にリーニャのことを言っているわけではないだろうから、あの場で共通点のある2人と言えば俺とリナだろう。
とはいえ、メリーと違って俺達はこの世界の神に信仰を誓っているわけではない。ただし、神と話をしたことならばある。つまり――。
「「転生者は、魔神によって呼び出された存在……?」」
異口同音に、俺とリナは同じ考えを導き出した。
メリーが信仰を誓っているのはナユリエ神だったはずだ。
そして、ナユリエ神と敵対しているのが魔神。その二柱が倒した神が創造神、だったはずだ。
リーニャ母の言葉からすれば、俺達2人は魔神の手駒――魔神によって転生させられた存在、ということになる……のか?
「でも、その割には俺は勇者の称号を持ってるしなぁ……」
「そうよね。魔王や悪魔は魔神の眷属のはずでしょう?魔神の手下同士で争ってることになるわ」
「よく分からんな……リーニャの母親が言ってた場所に向かえば、少しは分かるかな?」
「まあ、それ以外に情報は無いしね……とにかく、リーニャのレベルが上がるまでは優先的に戦わせましょう」
「そうだな」
分からないことを考えていても仕方がない。
諦めた俺達は、話を切り上げて馬車に戻る。
「リーニャ、大丈夫か?」
「……うん。もう大丈夫」
メリーに甘えて泣き止んだようで、リーニャは普段通りの様子だった。
「無理せずな……さて、とりあえず目的地はクェート市、でいいか?」
「ええ」「うん」「大丈夫」
3人からの返事ももらえたことだし、クェート市に向かうとしよう。
そういえば、クェート市にはイリーナ嬢もいるんだったか。用件が多いな……。
「それじゃあ、出発しましょう!」
1か月経ってもまだ馬車を牽くのが楽しいのか、上機嫌になったメリーが言う。
対するリナは、馬車に乗る前から気分が下がっている。
リナはレベルアップした後「動揺病耐性」を取ろうか真剣に悩んでいたようだが、結局他のスキルを優先させることにしたらしい。今でも馬車に乗るたびに「やっぱり取ろうかしら……」と言っているが。
ちなみに対する俺はと言えば、45レベルに上がりスキルポイントが6増えたので、そのポイントを「水魔法」に全振りした。グランデル市で購入した『水魔法入門』を読んでいたので、スキルリストに現れていたのだ。
メリーの方は普段は回復役だからか、残念ながらレベルアップしていなかった。
「ハリー!早く乗ってー!」
「あ、すまん!」
物思いに耽っている間に、準備が整ったらしい。
メリーに急かされて馬車に乗ると、すぐさま手綱が引かれる。
「クェート市に、出発!」
相変わらず、馬車を牽くメリーは楽しそうで何よりだ。




