3 ミラーノ市(2)
ミラーノ市の街並みは、いかにもファンタジーといった空気感だ。中世の西洋みたいな感じがしてワクワクしてくる。
取り敢えず宿屋を取ろうと思い、INNの看板を探す為に歩き回る事にする。
適当な方向目指して歩き始めたところ、鎧を着た男にぶつかってしまった。
「すみません」
「すまない。……ん?君は冒険者か?」
謝って立ち去ろうとしたら、呼び止められてしまった。
振り返って男の方を向き、質問に答える。
「いえ、違いますよ?」
「そうか、すまなかった」
なんなんだろう?
まあ、冒険者に用があるならギルドに行くだろう。
特に気にせず、走り去る男を見送りまた歩き出した。
◇
その後は特に何事もなく宿屋に着いた。
途中で偶に甲冑を着た男達が走り回っている様子が見受けられた。何か事件だろうか、と思っていたものの、面倒なので追い掛けて野次馬をしたりはしない。
「いらっしゃい!」
見た目三十代ぐらいの女将さんに近付く。
「すみません、宿を取りたいのですが?」
「1日当たり大銅貨1枚、食事をするならその都度追加で銅貨4枚だよ」
「では、10日分お願いします」
「あいよ。銀貨1枚だよ」
大銅貨10枚=銀貨1枚の様だ。
鞄から銀貨を1枚取り出して女将さんに手渡す。部屋の鍵を受け取り、部屋番号を教えて貰ってから宿を出る。
すぐに寝る訳でもないので、一旦放置。
宿を出てぶらぶらと歩いていると、四十代後半ぐらいの男に声を掛けられた。
「君」
「……私ですか?」
「そうだ。ちょっとこっちに来なさい」
なんだろう?別に犯罪とか何もしてないんだけど……。
男はこちらの顔をしげしげと眺める。
「君、リリーと言う名前に聞き覚えはないかい?」
「……そう言われても、珍しくもない名前ですので……」
ポーカーフェイスを出来たかどうかの自信が無い。
「む、確かにそうだ。こう、二十代ぐらいの金髪の娘なんだが……」
幸い怪しまれた様子も無かった。
ただ、言われた特徴が母親そのもので困惑してしまった……もしや、この人は祖父に当たるのだろうか?
「いえ、知らないですね。何かお困り事ですか?」
何故母親があんなところで盗賊に襲われていたのか気になるし、少し聞いてみよう。
「娘が平民の男と駆け落ちしてしまってな。子供を産んだ後、すぐにその男とどこかに消えてしまったのだ」
「駆け落ち、ですか……ですが、平民とはいえ認めてあげても宜しかったのでは?」
となると、父親はどこへ消えたのだろうか?と言う疑問も残ったが、会話を紡がないのは不自然なので、それらしい疑問を言ってみる。
「いや、その通り最初は多少叱ったが、一応認めていたのだ。だが、最初に叱ったのが堪えた様で、消えてしまい……しかも、今朝分かった事なのだが、その男は盗賊団の頭だったらしい」
……話が変わって来たな。
つまり、父親は母親から金をせしめる為に色々と行動していたのだろう。それがバレそうになったから母親を説得し逃走、証拠を隠滅する為部下に母親を始末させた……そう言う筋書きか。
「なるほど、それは災難ですね。冒険者ではありませんが、良ければお手伝いしましょうか?」
「本当か?見たところ、貴殿の剣は業物の様だし、助力してくれるのなら非常に助かる」
やはり、エクスカリバーは目立つ様だ。今度何か隠す為の布でも買ってこよう。
「それで、その男の容姿を教えて貰っても?」
「うむ。年齢は27歳、髪色は茶髪で、顔は好青年といった印象だったな。腰に鉄剣も差していたが、それは然程珍しくもない品だしな……」
「分かりました。それらしき人を見つけたら聞いてみますよ。もし見つけたらどこに報告すれば?」
「申し遅れたな。私はこの街の守護を務める、ボルセン・メイエルという。守護の館に来てくれれば会える筈だ」
「守護様でしたか。私はハリーと言います」
「分かった。貴殿の事は衛兵に伝えておこう。それでは」
やはり祖父だった様だ。とはいえ、こちらの正体を明かしても信じられないと思うので、そう言った真似はしない。
それにしても、守護とはなんだろう?領主とは違う様だし……。
まあ、とにかく茶髪の好青年を片っ端から鑑定して行こう。乱用にあたるかもしれないが、こればかりはやっておかねばならない。
◇
●ボルセン・メイエル視点
娘が見つからない。
叱り過ぎてしまったのではないかと思ってはいたが、まさか家を抜け出してまであの男と一緒にいようとするとは。
しかも、男の正体が盗賊団の頭だと来た。
くそっ、こんな事なら、無理にでも引き離すべきだった。
気が動転し過ぎたあまり、見知らぬ少年にまで声を掛けてしまった。金髪で顔立ちがリリーに似ていたから、一瞬男装でもしているのかと有り得ない事を考えて無意識の内に体が動いてしまった。
しかしそれにしては、なんだか息子と話しているかの様な気分になってしまった。息子にも似ていたが、家に置いて来ているしまさかそんな事はないだろう。
ならば、彼は一体何だったのか……もう少し話していたかったが、今はリリーを捜す事が優先なので、そうも言っていられない。
ああ、どこに行ってしまったのだ、リリーよ。
◇
ようやく見つけた。
五人ぐらいに「万能鑑定」を使って、ようやくそれらしき男を見つけた。
●ベルク 年齢27 レベル24 MP 34/34
○スキル
・片手剣
・詐称
・窃盗
・怪力
・詐欺
・詐術
○称号
『盗賊の頭』『詐欺師』『悪魔崇拝者』
○情報
父親。この街の守護に捜索されており、身を隠すために変装をしようとしている。
それらしき、ではないな。間違いないだ。
おまけに、現在進行形でカツラを買っている。もう少し遅かったら見逃すところだった。称号がちょっと気になるが、どうせ背信者みたいなしょうもない輩だろう。気にしないでおく。
さて、見つけたは良いが、レベル差がありすぎる。エクスカリバーという強力無比な武器があるとはいえ、レベル5では太刀打ち出来ないだろう。
だが、そんな時の為の「万物創造」だ。今日だけでスキルを死ぬ程使ってしまっているが、気持ち的にはまだ数回程は使える気がする。あくまで気がするだけだが。
「『万物創造』:眠り毒吹き矢」
右手に吹き矢が創造された。
ベルクがカツラを買って、それを着ける為に人気の無さそうな路地に入ったところで、吹き矢を放つ。初めての事で当たるか不安だったが、近距離まで近付いたのが功を奏した。
……さて、このまま守護の館とやらに持って行っても良いのだが……なーんかこのまま行くと褒美だなんのかんの言われて面倒そうだ。
という訳で、ここは正体がバレない様にしよう。
「『変幻自在』」
金髪のイケメンから離れている存在。
銀髪の美少女だろう。
年齢は同じ15歳ぐらいにして、身長は少し低めに。胸はDカップぐらいにしておこう。変態?いやいや、変装の為ですよ?やましい事はないのです。名前設定は適当にアリスとかにしておこう。
服を可愛らしいスカートにしたりと色々工夫を施してから、ベルクをおんぶする。側から見れば、酔い潰れた彼氏を運ぶ彼女の図だろう。
スカートに凄い違和感を感じながら、道行く人に守護の館の場所を聞いて向かう。
自分でスカートにしておいてなんだけど、滅茶苦茶気になる……だが、ここは我慢だ。
数分程歩き、守護の館に着いたので、門番をしている衛兵にハリーですと言う。
衛兵はすぐさま中に駆け込み、ボルセンを呼びに行った。
……待て、エクスカリバーを腰に差したままでは?
遅ればせながら、最も重要な事に気が付いてしまった。仕方がない、奴は死んだ。
「む?誰かね、君は?ハリーはどこだ?」
ボルセンが走って来たが、俺の顔を見てすぐに訝しげな表情に変わった。
「ハリーはここにはいませんわ。それよりも、こちら、件の男ですわ」
お嬢様口調って、一回やってみたかったんだよね。
「しかし、髪色が違う様だが?悪戯なら帰ってくれないか?」
「まあまあ、そんなに興奮なさらないで」
俺がベルクのカツラをひっぺがすと、ボルセンの顔色が目に見えて変わった。
「なっ――!?いや、すまなかった。非礼を詫びる」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、そちらの衛兵に連行を頼んだ方がよろしいのでは?」
「そうだな。よし、コイツを連れて行け」
二人の門番の内片方がベルクを縄で縛り、どこかに運んで行った。縄、どっから取り出したん?
「それで、君は一体誰なんだ?ハリーはどこへ?」
さあ、作り話のお時間です。
「わたくしはアリスと申します。ハリーの友人なのですが、彼は先程の男との戦いで重傷を負ってしまい、その……」
ぐす、とこれみよがしに目を擦る。
ボルセンはオロオロとした様子になり、慌てて謝ってきた。
「い、いやすまない。よかったら、褒美はいらないか?中に入ってくれ、歓迎するぞ?」
「いえ。それ本来ハリーが受け取るべき物ですわ……」
「だが……」
このまま押し切って、褒美を受け取らずに逃げよう。自己満足でやった事だしな。貴族のコネなんか作りたくない。
暫くの間、オロオロしたボルセンと泣き真似をする俺の戦いが行われていたが、ふと館から同い年ぐらいの男が出てきたことで、その戦いは終わりを告げる。
「父様?そちらの女性は?何故泣かせているのですか?」
ジト目をしながら、男がボルセンに問いかける。
父様、と言うことは、俺の叔父にあたる人物か。
「い、いやこれには深い訳があるのだ……決して私が何かしたとか、そういう訳ではない」
「本当に?お嬢さん、本当です……か……」
叔父の言葉が尻すぼみになったのは、俺の腰に差さっているエクスカリバーに目が移ったからだろう。
「え!?これ、聖剣ですか!?それも、初代勇者が持っていたと言われる、あの!?」
……知っているエクスカリバーのイメージで作ったのに、もしやその初代勇者とやらもあのゲームをやっていたのか?
いや、待て待て。そんな事を考えている場合ではない。更に面倒になったこの場を、どう切り抜けよう?
「ちょ、ちょっと、近いです……」
取り敢えずそう言うと、鼻息を荒くしながらこちらに顔を近付けていた叔父は我に帰って一歩下がった。だが、その目はエクスカリバーに固定されたままだ。
「もしや、勇者様?いやでも、勇者様は黒髪な筈……カツラですか?」
やばい、何も喋っていないのに変装がバレそう。
でも、勇者ではないんだよな……でももうこの感じ、勇者じゃないって言っても嘘ついてるって思われそう。どうしよう。
よし、決めた。
お祖父ちゃん、ごめんね。
「グスッ……ボルセン様……おやめください……」
「父上!?この方に何を!?」
「い、いや……そんな事は……」
親子の絆があれば、俺の嘘だとすぐに気付いてくれる筈だ。
叔父がボルセンに突っ掛かっている隙に、俺は全速力で走って逃げた。
「あっ――!」
叔父がそれに気付いて声を上げた頃には、俺はもう路地裏に入って角を曲がりまくっていた。
まあ、これで嘘だと気付いてくれるだろうし、良しとしよう。
11/18 >ベルクのスキルに「詐欺」「詐術」を追加。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




