閑話 アールの護衛依頼
俺はアール。ミラーノ市で冒険者業を営む剣士だ。
横を歩く白髪の女性は、一緒にパーティーを組んでいる魔法使いのシロだ。露店にキョロキョロと目が行くのがとても可愛い。
少し前まではその横にメリーという金髪の巫女もいたのだが、今はパーティーから脱退して、ハリーという友人と共に旅をしているはずだ。
メリーがパーティーを抜けると言った時は本当に驚いた。しかも、その日にすぐさまミラーノ市を発つと言うのだから、おいおいちょっと待てと言いたくなったものだ。
そんな俺とは違って、シロはメリーとハリーの様子を見て頷き、元気良く送り出していた。女同士にしか分からない何かがあるんだろうなぁ……と俺とハリーは無言で視線を交わしあった。
さて、そんなわけで現在はシロとコンビを組んでいるというわけだ。
普段回復役を務めるメリーがいなくなったことで最初は少し危うかったが、今ではシロが回復魔法を習得してくれたので、前と然程変わらない戦いをできている。その分シロの負担が増えてきているが、本人は笑顔で「大丈夫大丈夫」と言うので、なんとももどかしい気持ちになっている。
その内、何か発散させてやらなければ……。
◇
今日もいつも通り依頼掲示板を見漁る。
シロと並んで見ることもあるが、大抵はそれぞれ知り合いの冒険者と話しながら見ることが多い。シロには女性の、俺には男性の冒険者仲間がそれぞれいるので、そちらとの交流も大切にしたいからだ。冒険者は夕飯時か朝の依頼確認の時間ぐらいしか話す機会がないので、この時間はパーティーメンバー以外と交流する者も多い。
「そういえば、勇者捜索の依頼消えちまったなぁ」
「人探しの割に報酬デカかったからなぁ……誰かが解決させたんじゃね?」
周りの冒険者達は残念そうに溜め息を吐く。
まあ彼らの言う通り、依頼難易度に比べて破格の報酬で、受注している奴はかなり多かった。あれで数週間残っている方が不思議だったまである。
そんな風にあの依頼はああだ、この依頼は毎年出るよな……と依頼用紙を見ている内に、どんどんと人は減っていく。
残りの人数が少なくなってきたところで、俺はシロにアイコンタクトをして受ける依頼を決める。
「せー、のっ!」
シロの可愛らしい掛け声に合わせて、一斉に指を差す。
これはメリーと3人で冒険者をしていた時からの癖というかなんというか、そういうアレだ。
普段は違う依頼を指差すことが多いのだが、今日は2人とも全く同じ依頼を指差していた。なんとも珍しいことだ。
「ふふっ」
意見が一致したことが嬉しかったのか、シロが微笑む。
そんなシロを可愛く思いながら、依頼用紙を手に取った。
◇
「この商隊のリーダーを務めております、ルヒウムと申します。よろしくお願いします」
「C級冒険者のアールです。よろしくお願いします」
「同じくシロです。よろしくお願いします」
ルヒウム氏との顔合わせを済ませ、与えられた馬にシロと相乗りする。
俺達が受けたのは護衛依頼だ。
護衛依頼では馬に乗ることも珍しくないので、D級やC級の冒険者は乗馬に慣れている者が多い。俺はその例に漏れないのだが、シロは違う。なので、馬に乗る時は大抵俺との相乗りだ。
馬に怯えて俺の腹に手を回すシロを愛おしく思いながら、馬を歩かせる。
目的地は、グランデル市だ。
◇
商隊は走る。
基本的には移動するだけなので、その間冒険者達は暇を持て余す。
護衛依頼ということで、他にもD級パーティーが同行しているが、彼らはC級である俺達が畏れ多いのか、会話に乗ってくれないので、仕方なく景色を楽しむことにしている。
馬に乗っていなければシロと会話が成立するのだが、乗馬中のシロは怯え切って中々話をしてくれない。可愛くはあるのだが、流石にずっと見ているわけにはいかない。
溜め息を吐きながら馬の手綱を握っていると、D級パーティーの斥候役が叫んだ。
「『索敵』スキルに反応が!」
その叫びを聞いて馬車群はすぐに止まり、俺達も馬から降りる。
恐々といった様子で馬から降りるシロに手を貸す。
「東から7人!盗賊です!」
斥候役が再び叫ぶ。
こちらの冒険者は6人なので、人数的には少々不利だ。しかも1人は斥候なので、正面戦闘はあまり向いていない。
これは、俺が2.5人分ぐらいの仕事をするしかないか……。
覚悟を決めて剣を抜き、東の方向に走る。
懐に入られる前に人数を減らすに越したことはない。
走り出した俺に触発されてD級パーティーも動き出す。シロは杖を持ちながらその後ろをついてくる。
街道から少し離れると、すぐに7人の盗賊達が視界に入った。
魔法職らしき奴は……いない。得物は3人がナイフ、4人が剣だ。
これならば、どうにかなるだろう。
「馬鹿が1人でノコノコ来やがったぜ!」
「囲んで殺せぇ!!」
1人だけ集団から突出して走ってきた俺を見た盗賊達は、獰猛な笑みを浮かべながら得物を持ってにじり寄ってくる。
「ふーっ……『集中』!」
深呼吸を一つして、「集中」スキルを発動させる。
知覚が研ぎ澄まされていき、盗賊達の動きが段々とゆっくりに捉えられる。
「死ねぇッ!!」
叫び声を上げながら剣を振り下ろす盗賊。
その攻撃を最小限の動きで回避し、装甲の無い右腕の付け根を斬り裂く。
「うわああああっ!!!」
斬り飛ばすには至らなかったが、これで自由に剣を振るうことはできなくなったはずだ。
俺を甚振る対象ではなく脅威として認識した盗賊達は、浮かべていた笑みを消して一斉に斬りかかってくる。
リーチの関係かナイフ使い達は攻撃をしてこなかったため、3本の剣が俺に迫った。
上段からの斬り下ろし、中段からの水平斬り、下段からの斬り上げ。
俺は中段斬りをする盗賊に向かって飛び込み、腰の辺りに剣を突き立てて押し倒す。
「うおおっ!?」
驚きの声を上げる盗賊から剣を引き抜き、前転しながら即座に体を起こす。
1人は右腕が使えず、1人は腰が使えない。
せめてあと1人は、どこかの部位を使えなくしなければならない。
そう考えた俺の背後から、ナイフ使いが迫る。
鋭くなった聴覚でその存在を認識した俺は、素早く剣を逆手に持ち替えて後ろに突き出す。
「がっ……ッ……!」
喉元を突き刺されて叫び声も上げれず、ナイフ使いはその場に蹲って喉を押さえる。
……この辺が潮時か。
警戒して俺を囲みながらジリジリと間合いを詰める盗賊達だったが、背後の警戒を怠っていた。
「ハアアアッ!!」
D級冒険者の1人が、無防備に背中を晒す盗賊の1人に斬りかかる。
盗賊達の視線が一瞬にして集まったところで、俺は目の前に立っている盗賊に体当たりを仕掛ける。
「うわっ!?」
予想外のことに盗賊は対応しきれず、そのまま地面に倒れる。
一瞬だけ剣を突き立てたい衝動に駆られたが、今は無理だ。
諦めて盗賊を飛び越え、後方のシロの方に走る。
「……うっ!!」
直後、研ぎ澄まされていた知覚が急激に通常の状態に戻り、剣を支えにした俺はその場で膝をついた。
他でもない「集中」スキルの反動だ。
「アール!!大丈夫!!?」
「大丈夫だ……それより魔法を……」
声を出すのも億劫だが、しばらくすれば治ることだ。
シロも普段の戦闘でそれを知っているからか、俺の言葉を聞いて素直に頷き魔法の詠唱を始めた。
俺によって戦線を崩された盗賊達が瓦解するまで、そう時間は掛からなかった。
◇
「クソッ!お頭が捕まったってのに、俺らは……!」
何やら叫んでいる盗賊達を縛り終えて、ルヒウム氏の判断を仰ぐ。
「そうですねぇ……乗せていく余裕はないですし、ここで始末していきましょう」
「……分かりました」
ルヒウム氏の言葉を聞いて、盗賊達と冒険者達は青ざめる。
盗賊達は自分達の末路を理解して、冒険者達は無抵抗の相手を殺すことへの忌避感で、だろう。
……仕方ない、俺がやるか。
少し震えながらそれぞれの得物を抜こうとする冒険者達を手で制して下がらせ、俺は自身の剣を抜いて盗賊達に歩み寄った。
「な、なあ待ってくれよ。そうだ、俺らのアジトにある盗品をいくらでもやるからよ!だから命だけは――ギャアアアア!!」
無感情を意識しながら、盗賊の1人の首を斬り落とす。
戦いで襲ってくる相手を殺すのと、抵抗できなくなった相手を一方的に殺すのは、やはり違う。
一刻も早く終わらせようと、半ば目を閉じながら機械的に剣を振り下ろし続けた。
◇
その日の夜。
俺は吐いた。
これまでも護衛依頼なんかで襲ってくる盗賊を殺したりしたことはある。だが、捕らえた後に命乞いや悲鳴を聞きながら殺すのは、これが初めてだった。
今眠ったら断末魔が響いて悪夢を見そうで、俺はテントから抜け出し、川の畔で吐いた。
「はぁ……はぁ……」
吐き出された夕食に申し訳なくなりながら、水で口を漱ぐ。
「……アール?大丈夫?」
「……シロ」
俺がテントを抜け出したのに気が付いたのか、さっきまで眠っていたはずのシロが背後に立っていた。
言葉を出そうとして何も言えない俺を、シロは無言で、しかし優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ……」
我が子をあやすようなシロの声を聞くと、不思議とさっきまで微塵も湧いてくる気配が無かった眠気に襲われる。
「……良い夢、見てね」
そのシロの声を最後に、俺は眠りについた。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




