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24 湖の盗賊(3)

 斬り飛ばされた頭目の首が宙を舞い、地面に落ちた。


「ギャアアアアア!!!」


 腕を失って叫んでいたバザンが、その様子を見て更に悲鳴を上げた。

 最後の幹部――確かゲッゴという名前だったはず――は相変わらず無気力に地面に座ったままだ。


「おい、バザン」


「――は、はいぃぃ!!」


 叫んでいたバザンに近寄り、首元にデュランダルを押し当てる。


「いいか、俺が聖剣を使っていたことを口外したら、お前の命は無いぞ。口外したのがお前の仲間でも同じだ。分かったな?」


「わ、分かりました!!絶対に口外しません!!」


「いいだろう」


 バザンの様子からして、コイツから俺の正体が漏れることは無いだろう。


「ふぅ……」


 デュランダルを腰の鞘に収める。

 そういえば、エクスカリバーの時もそうだったけど、鞘も一緒に創造されるのか……。


 そんなことを考えながら、洞窟の隅に座り込むリナの元に駆け寄る。


「大丈夫か?」


「うん……ちょっと魔力を使い過ぎただけ。しばらくしたら治るよ」


 そうは言ってもリナが心配だったので、「万物創造(クリエイト)」で上級魔力回復薬(マナ・ポーション)を作り出し、リナに飲ませる。


「んん……これ、上級?」


「そうだよ」


「なんて高価なものを……」


 呆れた様子のリナを立たせ、メリーを呼んでくるように頼む。

 リナが洞窟から走って出ていったのを見送り、洞窟内に視線を戻す。


「水!水!!」


「おい、俺の水だ!!どけ!!」


「熱い熱い熱い!!!うわああああ!!!」


 相変わらず盗賊達は狂乱状態のようだ。

 暴れ回る盗賊達を刺激しないようにしつつ、奥の方にある牢屋のようなものに近寄る。


「大丈夫ですか?」


「え、ええ……」


 盗賊達によって捕らえられていたのは、美しい水色の髪をした美少女だった。盗賊達に服を剥かれたのか、一糸纏わぬ姿になっている。

 恥じらいながら体を隠して頷く彼女を直視するわけにもいかず、視線を逸らしてリーニャと同じ外套を作り出し、目を閉じながら突き出す。


「あ、ありがとうございます……」


 本当はちゃんとした服を渡してやりたいが、女性ものの服なんかはよく分からないし、下着なりなんなりをいちいち作るとスキルを発動させる回数が多くなるので、申し訳ないがこれで我慢してもらいたい。

 少女が外套の留め具を付けた音を聞いて目を開け、牢屋の鍵を探す。


「ないな……仕方ない。ちょっと離れてください」


「わかりました」


 鍵が見つからないので、扉を破壊することにした。

 少女に呼び掛けて扉から距離を取ってもらい、デュランダルを引き抜く。


「聖剣……あなたは勇者様なのですか?」


 あ……まずい、完全に忘れていた。


「そうだけど……秘密にしてもらえると嬉しいかなぁ……?」


「分かりました!この命に代えても!!」


「そ、そこまでは……」


 キラキラした目で拳を握り締めながら頷く少女。

 とりあえず早く出してやろうと、デュランダルで扉を破壊する。

 これがさっきまで使っていた鉄剣だったら多少の抵抗があっただろうが、流石は聖剣。何の抵抗も無く一振りで扉を破壊してくれた。


「とりあえず、外に出ましょう。怪我の治療もしたいですし」


「ええ……きゃっ」


 立ち上がって足をもつれさせ、倒れる少女。

 慌てて駆け寄り、体を支える。


「ありがとうございます」


「いえ……」


 腕に触れる柔らかい感触を意識しないようにしながら、少女から離れる。


 未だ騒ぐ盗賊達を直視させないように配慮しながら、少女を洞窟の入り口付近まで連れて行く。

 丁度メリー達が洞窟に入ってきたタイミングだったので、メリーに少女の治療を頼む。


「――♪、治癒(ヒール)


 短杖(ショート・スタッフ)から淡い光が発生し、少女の体を包み込む。


「わぁ、痛みが引きました。ありがとうございます!」


「どういたしまして。それより……なんで裸なわけ?外套以外何も着てないじゃない!!」


「こ、これには深い訳が……」


 外套しか着ていない少女を見て俺に怒鳴るメリー。

 俺が言葉に詰まっていると、少女が助け舟を出してくれた。


「私の服は盗賊に盗られてしまって……勇者様が外套を下さっただけです!」


「あら、そう……?ん?勇者……?」


「ちょっと色々あって正体がバレちゃって……」


 俺の腰に差さっているデュランダルを見て、メリーも合点がいったようだ。


「なるほどね。まあいいわ、中は私とリーニャでやるから、とりあえずリナと一緒に服を着せてあげて」


「2人で大丈夫か?」


 巫女のメリーと低レベルのリーニャだけでは不安が残ると思ったのだが、メリーに一蹴された。


「火傷で騒ぐ盗賊ぐらいなんとかなるわ。それに……」


 メリーが言葉を詰まらせたので不思議に思うと、少女が俺の服の裾をやんわりと掴んでいることに気付いた。


「ああ、わかった。中は任せるよ」


 メリーとリーニャと別れ、リナと共に少女を馬車に連れて行く。


 馬車の荷台にはメリー用の着替えがいくつか用意されているので、その中から手頃なものを着させれば良いだろう。


 服選びなどは女性であるリナの方が詳しいはずなので、そちらは任せて俺は周辺警戒に努める。洞窟内から盗賊が逃げ出さないとも限らないし、外からも魔物などが襲ってくるかもしれないからだ。


 幸いにして特に問題は起こらず、少女はメリーの服を選び終えた。

 何回かメリーが着ているのを見たことがあった服なので、メリーよりも少し小さい少女が着ていると違和感がある。


「申し遅れました。私はクェート伯爵家が長女、イリーナ・クェートと申します」


「これはご丁寧に。私はハリーと申します」


 スカートの裾をつまんで挨拶するイリーナ嬢――確か、カーテシーという名前だったはず――に、こちらも頭を下げて挨拶を返す。


「リナ、中を手伝ってきてくれ」


「分かった」


 2人で洞窟内を片付けるのは荷が重いと思ったので、リナを向かわせる。

 俺はここでイリーナ嬢の護衛を務めればいいだろう。


「それで、伯爵令嬢様は何故あのような状況に?」


「よろしければ、イリーナとお呼びください。実は――」


 そう言って事情を話し始めるイリーナ嬢。

 どうやら、彼女は両親とともにライン市内にいるクェート伯爵の知人に会いに来たそうだ。だがその途中で先程の盗賊達の襲撃を受け、護衛と両親は殺されてしまったのだと言う。


「きっと、あのままだったら私も弄ばれた後、父様と母様の後を追っていたと思います……ハリー様、ありがとうございます」


「平民である私に様付けなど不要ですよ。ご無事で良かったです」


 それにしても、クェート伯爵は随分大胆な人物だな。

 護衛を付けたにしても、妻と娘を連れて領外に出向くなんて、危険な行為なのではなかろうか。


「それで……よろしければ、私をライン市まで送ってくださいませんか?」


「ええ、もちろんですよ。責任を持ってお送りしましょう」


 俺がそう言うと、イリーナ嬢はぱぁっと笑顔を輝かせる。


「ありがとうございます!クェート伯爵領に立ち寄った際は、是非城にお越しください。ご歓待いたします」


「それは楽しみですね」


 丁度次の目的地はクェート伯爵領だったし、宿が取れるのはありがたいか……?

 いやでも、そこで報酬がどうのこうの言われたら面倒だしな……まあ、その辺りはメリー達と話し合って決めるとしよう。幸いにして、「行く」とは一言も言っていないのだから。


 イリーナ嬢と雑談に花を咲かせているところで、メリー達が盗賊を縄で縛って運んできた。

 話を聞くと、狂乱状態の盗賊達を治した後にリナが火霊(サラマンダー)をもう一度出して脅したらしい。可哀想に……何人かは震えている盗賊もいた。まあ、イリーナ嬢を襲ったので自業自得と思ってもらおう。


 盗賊達を見て体を震わせるイリーナ嬢を慰めて、リナに使い魔を出してもらう。

 盗賊達は可能な限り生かす約束だったので、彼らを安全に輸送するのに衛兵の力を借りたいのだ。


 丁度良く権力者のイリーナ嬢もいたので、イリーナ嬢名義で使い魔に手紙を持たせ、最寄りの衛兵詰め所まで運んでもらった。


「これがエルフの使う精霊魔法……美しいです」


 リナの使う精霊魔法を見て、夢見心地になっているイリーナ嬢は実に美しかった。



「ほう、あのエルフが何故ここに?」


 使い魔に衛兵を呼んできてもらったはずが、何故か衛兵に加えてブルーノ子爵までやってきた。

 イリーナ嬢名義で手紙を書いたから、歓待しにやってきたのだろうか?


「えーと……実は、勇者様からこの子をもらう代わりに盗賊討伐の助力を依頼されたのです」


 ここはいつもの作り話で乗り切るとしよう。


「なるほど……勇者の従者、と言ったところか……」


 何やらブルーノ子爵が勘違いを始めてしまった。

 仕方なくジャパニーズスマイルでその場を乗り切り、盗賊の護送をしてもらう。


「では、ハリーさん。クェート市でまた会いましょう」


「ええ。また会いましょう」


 俺と離れることを残念がるイリーナ嬢に抱擁されながら、どうにか挨拶を返す。

 背後からメリーとリナの突き刺さるような視線を浴びたが、文句はイリーナ嬢に言ってほしい。


「引き続き、盗賊の討伐を頼みますぞ、従者殿」


「え、ええ……」


 結局俺のことをアリスの従者と勘違いしたまま、ブルーノ子爵と握手を交わして別れた。

 ついでに言うなら、リナとリーニャを連れていることで同類(ケモナー)とも勘違いされていそうだ。


「さ、帰るか」


「そうね」


 今日はひどく疲れた。

 メリーに馬車の運転を頼み、ラエン市に向かってもらう。


 リナがまた酔ったのは、言うまでもない。

12/02 >バザンに対する口封じ部分を加筆。

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