21 ヒエン村
ライン市に滞在して1週間ちょっと。
ようやく、市内のほぼすべての盗賊を掃討できた。ちなみに、悪魔崇拝者はライン市には見つからなかった。悪魔崇拝者はそこまで多いわけではなく、大抵が大都市に拠点を構えるらしい。
盗賊掃討に大貢献してくれたのは、リナが行ってくれた情報屋からの情報である。驚いたことに、彼らはたったの数日で市内のすべての盗賊の情報を教えてくれた。そういう魔法道具でもあるのかというぐらい正確な情報だった。
そういうわけでライン市内は片付いたので、今日からひとまずラエン市に戻り、そちらで盗賊掃討の続きを行うことになる。
また道中の村落でも聞き込みを行い、情報が聞けたら随時向かおうと思っている。
メリーが馬車を購入してくれてついでに御者も務めてくれることになったので、今日は初めての馬車旅だ。
「へぇ~、良い馬車ね」
メリーが秘密にしていたので馬車を見るのは初めてなのだが、1週間程練習していたはずなのに、新品同然の輝きを放っている。
ちなみに外観はファンタジーものでよく見る幌馬車というやつだ。御者台と座席の間が軽い背もたれぐらいしかないので、小柄なリーニャとかなら馬車を止めなくても行き来できそうだ。
「ほら、早く乗って。行くわよ!」
何故か妙にワクワクした様子のメリーに急かされ、3人で馬車に乗る。
ちなみにここはもう市外なので、あとは発進するだけである。
「よし、いいぞ」
「はーい。出発!」
ハイテンションは健在のようで、手綱を握りながら鼻歌を歌っている。
その様子に若干呆れながら、座席に座る2人を見る。リーニャは馬車が初めてらしく興味津々といった感じだが……リナの方は、どうも元気がないように見える。
「大丈夫か?」
「……うん……」
「……もしかして、酔ってる?」
「…………」
俺が訊くと、リナは青い顔をしながら無言でこくりと頷いた。まだ発進してから数分しか経っていないというのに、酔うのが早すぎないか?
こちらの世界では酔い止め薬のようなものはなく、強いて言うなら体力回復薬で酔いは覚めるらしいが、高価な魔法薬をそんな用途に使う馬鹿はいないらしい。
せめてリナが吐かないように、ちゃんと様子を観察しておいてやろう。
「今日はどこに行くんだ?」
鼻歌を歌いながら上機嫌で手綱を操るメリーに訊いてみる。
「ライン市の近くにヒエン村っていうところがあるらしいから、まずはそこに行きましょう」
「はーい」
ヒエン村は規模の小さい農村で、パン用の小麦をたくさん作っているそうだ。米が作られていないか期待したが、メリー曰く「この国ではコメは作られていない」らしい。その言い方だと他国にはあるはずなので、国外に出た時に期待しよう。
◇
馬車で1時間程走り、目的のヒエン村にやってきた。
馬車の速度が徒歩よりも少し早い程度だったので、恐らく徒歩であれば1時間半程度で到着できただろう距離だ。
そんな短い距離でも、リナは酔ってしまったらしく、吐きそうになって口に手を当てながら「『動揺病耐性』を取ろうかしら……」などと言っていた。動揺病の意味は分からなかったが、俺のスキルリストにも現れていたし、話の流れ的に乗り物酔いのことだろう。
メリーとリーニャの方は終始非常に上機嫌だった。リーニャに至っては走行中に馬車から身を乗り出すので、押さえつけるのに苦労した。
「メリー、神聖魔法に乗り物酔いに効くのはないのか?」
「うーん、治癒が効くって聞いたことはあるけど、個人差が凄いらしいわよ?」
「まあ、一回掛けてやってくれ」
「はーい」
メリーに頼んで治癒の魔法を掛けてもらうが、効き目は薄そうだ。
「ちょっとは楽になった……かも……」
そう言うリナの顔は相変わらず辛そうだ。
仕方ないので、リナの乗り物酔いが治るまではメリーにそばにいてもらう。本人は不服そうだったが、リーニャをそばにやるわけにもいかないのだ。
「リーニャ、行くよ」
「うん」
辺りの景色に見入っていたリーニャに声を掛け、村に向かう。
村は手作りと思わしき木柵に囲まれており、その外側では畑作業をしている人がちらほら見える。手作りにしては頑丈そうな木柵だが、巨大熊あたりにはすぐに破壊されてしまいそうだ。
「商人か?」
木柵を観察しながら歩いている内に、入り口に辿り着いたらしい。こちらもお手製と見られる簡素な槍を向けながら、村民が誰何してくる。「何者だ?」ではなく「商人か?」と訊くのは、普段から商人ぐらいしかこの村に来ないからか?
「いえ、違います。私達は旅人なのですが、この近辺に盗賊が出没していたら情報を頂けないかと思いまして」
「盗賊?いないと思うが……ああいや、待て、確か今商人が村に泊まってるから、ソイツなら知っているかもしれない」
「そうですか。商人殿はどちらに?」
「彼はこの村の御用商人だから、村長の家に泊められているぞ。一番大きなあの家だ」
「分かりました、色々教えていただきありがとうございます」
村民に礼を告げ、許可も得られたので村の中に入る。身分証の提示要求もされなかったが、この村の防犯意識は大丈夫なのだろうか?
ちなみに、リーニャの外套に関してもとやかく言われなかった。
村民に教えてもらった村長の家に向かうと、丁度商人らしき身なりをした男が出てくるところだった。
「すみません、村長宅に宿泊されている商人殿でしょうか?」
「ああ、そうだが?何か買いたいものでもあるか?」
俺の見立ては正しかったらしく、商人は商売意欲旺盛に答えてくれた。
「商品も見ていきたいのですが、この辺りの盗賊の情報を教えていただきたくて」
「盗賊?なんたってそんなことを……」
不審がる商人に「盗賊狩りで路銀を稼いでいまして」とそれっぽい理由を言うと、納得したのか知っていることを教えてくれた。
「それなら、ここに来る前に湖の辺りで一度襲われたな。そん時は護衛がいたから助かったんだが……」
商人はそう言うと、興奮しながら護衛と盗賊の激闘を語って聞かせてくれた。
彼の機嫌を損ねないように適度に相槌を入れつつ、湖なんてあったかなと首をひねる。
まあ地図なんてないし、メリー達が知らなければ村民に教えてもらうとしよう。
「それで、商品の方は何を売られているんですか?」
商人の話が一度止まったタイミングで聞いてみた。
商人は思い出したように「ちょっと待ってろ」と言い、どこかに走っていった。
そのタイミングで、初めてリーニャが俺の服をつまんでいることに気が付いた。
「どうした?大丈夫か?」
「う、うん……」
人見知りかトラウマか、まだまだ俺達以外の人間は怖いらしい。
リーニャの頭を撫でて落ち着かせていると、商人が荷馬を連れて戻ってきた。
「ほれ、ここの村民に売れてるのは、この毛布だな。リユー侯爵領から持ってきたものなんだが、品質が良くてな――」
前にも聞いたことのあるような名前だ。
今使っている毛布は3つしかなく、メリー達には苦しい思いをさせているので、毛布を1つ買うことにした。これから冬に入ったら更に寒くなるだろうし、必要経費だろう。
農作業に便利そうな魔法道具が売られていたが、俺達には関係ない話だったので、特に購入はしない――と思ったのだが。
「コイツはかなり値が張ったんだが、浄水が出せる魔法道具なんだ!村民達は高いっつって誰も手を出さなかったんだが、どうだ?今なら金貨1枚に負けとくぜ?」
「ほう……ちょっと試してみてもいいですか?」
「おう、いいともさ」
飲み水などの供給に困っていたので、商人の言う通りの品なら願ったりだ。
普通に魔力を込めるだけで使えるとのことだったので、魔力を込めて掌に少し水を出してみる。流石に理科の実験などで使う純水程ではないが、それなりに透き通っている。試しに口に含んでみても、味に問題はないし大丈夫そうだ。
「良いですね、これ!買います!」
「ほい来た!いやー、売れると思ってたのに売れ残ったもんだから、助かったぜ。ありがとな、兄ちゃん」
村民からの反応が悪かった商品が捌けたからか、商人はホクホク顔になっている。
金貨を手渡して魔法道具を購入し、商人と別れた。
消費する魔力量次第だが、これなら水辺でなくても体を洗ったりできそうだ。ついでに湯沸かし道具でもあればいいかもしれない。
そんなことを考えながら、ヒエン村を出てメリー達の待つ馬車に戻った。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




