18 ライン市(2)
翌日の昼。
良い方策が思い付かなかった俺は、件の守護にアリスの姿で会うことにした。
事前に連絡を取る手段がなかったため、フル装備の状態で守護の住む屋敷にやって来た。
「貴様、何者だ!」
槍を突きつけて誰何してくる衛兵。
「勇者アリスよ。この街の守護に面会したいのだけど?」
「勇者、だと?」
勇者を自称するのは小っ恥ずかしいので、聞き返さないでほしい。
衛兵が訝しんでいたので、アイギスに魔力を流して発光を強める。
「こ、この光は――!」
衛兵は眩しさに目を細めながら、屋敷に走って行った。
流石にこの街まではアリスの噂は届いていないらしい。よかったよかった。
◇
守護の許可を貰った衛兵によって、俺は屋敷の客間に通された。
「ライン市の守護の任に就いております、リジュン・ブルーノ子爵と申します」
「これはご丁寧に。勇者アリスと申します」
勇者を名乗らないと話を聞いてもらえないから、自称しなければいけないのが辛い。
「して、ミラーノ市で悪魔の暴走を止めた勇者様が、何故こちらに?」
ほう、噂が届いていないと思っていないのは間違いだったようだ。
まあ、新しい勇者の登場ってなればここまで噂も来るか。
「ブルーノ子爵が従えているという、獣人奴隷が気になりまして」
それらしい嘘は思いつかなかったので、率直に用件を言った。
「ほう、なるほど、なるほど……勇者様も、こちら側の人間ですか……いいでしょう」
「こちら側の人間」ってなんだよ!暗にケモナーを指している気がしてならない。俺はケモナーではないのだ。
俺が同類だと思って何故か上機嫌になったブルーノ子爵は、ソファーから立って俺を直接案内してくれるようだ。
ともかく、今は内情を探ることに努めよう。
「私は獣人以外にも、亜人も集めておりましてな。アリス様は、亜人は行ける口ですかな?」
「え、ええ、まあ……」
道中そんなことを問われたりしつつ、屋敷の地下に案内された。
奴隷達は風呂に入らせていないのか、キツイ臭いが漂ってくる。
「少々悪臭がしますので、ご注意を」
――もう少し早く言ってくれ。
ブルーノ子爵の後ろを歩いていくと、地下牢のような檻の中に、獣人や亜人が入れられている。
「何か好みの種族はありますかな?」
「そうですね……犬獣人と猫獣人、それとエルフですかね」
「お目が高いですな!では、犬獣人の牢から案内しましょうぞ」
こういうのは狙いのものだけ言うより、カモフラージュに他のものも言うのが良い、と何かで聞いた気がする。
ブルーノ子爵に連れられ、犬獣人の牢の前に立つ。
「ここのは全て使用済みでしてな……」
一人一人の違いを語り始めるブルーノ子爵に吐き気を覚えながらも、説明を聞き流す。
コイツを裁けないこの国の司法に限界を感じる。
説明が終わり、次は猫獣人の牢に移る。
「こちらは最近捕らえたばかりでしてな……まだ未使用がほとんどなのです」
「左様ですか」
ブルーノ子爵の説明に適当な相槌を打ち、部屋の隅で身を寄せ合う猫獣人に1人ずつ「万能鑑定」を使う。
スキルや称号など様々なものを読み取り……そして……見つけた。情報の欄に、「リーニャの母親」と書いてある。
何か伝えてあげたいが、そう言った手段は持ち合わせていない。リーニャ母の容姿を記憶し、最後のエルフの牢屋に行く。
「こちらもまだ未使用でして。1人しかいないのですが、エルフらしくとても美しいのですよ」
「へぇ〜……」
膝を抱えて俯いていたエルフの少女が、こちらを向いた。
青色の瞳に、長い艶やかな黒髪。
そう、黒髪だ。こちらの世界では、黒髪なんてほとんど見たことがなかった。
「…………」
何も物言わぬその青色の瞳に吸い込まれるようにして、気付けば俺は万能鑑定を使っていた。
◇
●リナ・エルフィー視点
どうして私はこんなところにいるのだろう。
私はただの高校生だったはず。
前世でストーカーに刺されて死んだと思ったのに、気付けば知らない部屋にいて、流されるままに力を授けられて、この世界に降り立った。
エルフに生まれて、前世では考えられないような美しさを得た。
でも、この黒髪だけは前世から引き継がれてしまった。
この世界のエルフは黒髪を持つ者はいないらしく、両親のどちらの髪色でもないことで、両親には気味悪がられた。
それでもちゃんと育てられたけど、成人して体の成長が止まると同時に、私は両親の元を離れた。
与えられた力は使い物にならなかったけど、それでもそれなりに生きていけた。
でも、ある日。
旅の途中で、突然兵士に襲われた。
「エルフだ!捕まえてブルーノ子爵に売れば、大金が手に入るぞ!」
何を言われているのか分からなかった。
魔物から殺意を向けられるのには慣れていた。
でも、初めて向けられた人間からの殺意に、気持ちが悪くなった。
それでも、可能な限りの抵抗はしたと思う。襲いかかる5人の兵士の2人には怪我をさせたはずだ。でも、その中の1人が途轍もなく強かった。
だから私は、これまで使ってこなかった力を使った。
「『一撃入魂』!」
これまでに一度も使ってこなかったゆえに、私は力の代償を理解していなかった。
力はとても強力だった。
それまで歯が立たなかった強力な兵士は、一瞬にして血と肉の塊に変貌した。
だけど、次の瞬間――私は地面に倒れていた。
「――え?」
手にも足にも力が入らず、体は一ミリも動かない。
気付けばそのまま兵士に抱えられ、手錠をされて馬車に押し込まれた。
聞こえて来た兵士達の会話から推測すると、私はどうやら変態貴族の慰み者にされるらしかった。
「……ぐすっ」
涙が溢れた。
せっかく幸せな生活を手に入れたと思ったのに、またこれか。
それからのことはよく覚えていなかった。
牢屋に入れられて、度々偉そうな男が下卑た笑みを浮かべながらこちらを見つめて来ていたはずだ。
いつ襲われるのかビクビクしていた私に、ある変化が訪れた。
これまでずっと1人でやって来ていた男が、ある女性を連れていた。
初めて聞こえた話し声に顔を上げて、女性の目を見た。その瞳は、それまでは黒色だったのに、私と目が合った途端、突然金色になった。
「…………」
その瞳に見入っていると、何かが変わっていく気がした。
◇
●リナ・エルフィー 年齢18 レベル22 MP 0/811
○スキル
・一撃入魂
・比翼連理
・自己鑑定
・能力取得
・短剣
・弓
・精霊魔法
・短杖
・詠唱
○称号
『リジュン・ブルーノの奴隷』『家無し』
○情報
エルフの娘。旅をしていたところを捕まり、奴隷にされている。
それが、少女のステータスだった。
――ユニークスキル。
これまで、四文字の読み方付きスキルは、自分のユニークスキル以外に見たことがない。
つまり、この少女は転生者……なのだろうか?
「ブルーノ子爵、牢の中に入っても?」
「構いませんぞ」
許可をいただけたということで、鍵を開けてもらい中に入る。
少女――リナの髪の毛を触りながら、耳元で囁く。
『あなた、ここから出たい?』
囁いたのは、日本語でだ。
もし彼女が本当に転生者であるならば、助けてやりたい。そうでなくとも助けてはやりたいが、その場合だとリーニャ母の方が優先度は上になってしまう。
返答は――あった。
『……出たい』
耳を済ましても聞こえないようなか細い美しい声を、「聞き耳」スキルが拾った。
『分かった。ちょっと待っててね』
リナになるべく優しくそう言うと、俺は立ち上がってブルーノ子爵に向き直る。
「いくつか買いたい奴隷がいるのですけど、譲ってはいただけませんか?」
「ほう?」
ブルーノ子爵がニヤリと笑った。
どうやら、俺をこの地下牢に連れて来たのはこれが狙いだったらしい。ここでどんな対価を要求されるかが問題だ。
「では、その奴隷の購入時の金額に上乗せして……そうですな、ラエン伯爵領内の悪魔崇拝者並びに盗賊を全て排除していただきましょう」
これまた面倒臭い要件を持って来たものだ。
悪魔崇拝者はいることが分かっているなら排除しておきたいが、盗賊もか。
まあどちらにせよ必要のある行動だし、仕方がないか。
「良いでしょう。ただし、いくつかこちらからも条件を提示させていただいても?」
「聞きましょう」
「まず、これから私が要求する奴隷に関して、悪魔崇拝者と盗賊の掃討が完了して引き渡されるまでの間、手は出さないでいただきたい」
「ほう……他には?」
「こちらのエルフの少女を、掃討前に譲っていただきたい。ただし、この少女に関しては購入時の1.5倍支払いましょう」
リーニャ母を要求しても良かったのだが、リナはレベルも高いので、戦力としても役に立つはずだ。
受け入れられるかどうかは五分五分の賭けだったが……ブルーノ子爵はしばし悩んだ後、言葉を出した。
「一つ目の条件は、良いでしょう。ただ、二つ目の条件は、少し変更していただきたい」
「と言うと?」
「1.5倍ではなく、2倍でなら良いでしょう」
ブルーノ子爵はニヤリ、と笑いながら言った。
2倍か……値段次第だな。
「当初の金額は?」
「金貨15枚ですな。高レベルですので」
高いな……。
俺の手持ちは、金貨10枚程しかない。
だが、俺にはスキルがある。
(『万物創造』:金貨袋)
何も持っていない俺の手に、ジャリン、と言う音と共に袋が生成された。
「こちらに、金貨30枚入っております。どうぞ」
「ほう、これは勇者のみが使えるという『収納庫』ですな……?おお、中身もちゃんと入っているようだ」
初耳なんですけど、なんですかその便利そうなスキル。
とは到底言えず、曖昧な微笑みで誤魔化しておいた。
「では、良いでしょう。手続きが面倒であれば、この場で首輪を破壊しても構いませんが?」
「ありがとうございます」
許可ももらったことだし、破壊させてもらおう。
アイギスの身体強化機能を発動しつつ、リナの首に着く首輪を本気で握る。
「んっ!!」
ほぼ無声の気合いと共に、首輪が砕け散った。
「――え?」
リナは驚きの声を上げている。
振り返った時に見えたブルーノ子爵の顔も、驚愕に満ちていた。自分で許可したんだから、驚かなくても良くない?
「さ、流石は勇者ですな……では、他の奴隷の確認と行きましょう」
「ええ」
リナを連れ出すことに成功した俺は、ブルーノ子爵について行った。
その後ろでは、リナが怯えた様子でビクビクと後ろをついて来ていた。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




