17 ライン市(1)
リーニャの親を探すべく、俺達はラエン市を早々に旅立つことにした。
奴隷商人の話を信じないわけではないが、念の為他の奴隷商がいないか探し回ったけど、生憎と見つけることはできなかった。もしかしたら巡業の奴隷商人とやらが売っているかもしれないが、巡業のタイミングを待つわけにはいかないだろう。
そんなわけで、ラエン市から徒歩2日、ラエン伯爵領で2番目に大きい都市、ライン市にやってきた。近くに川でも流れていそうな名前をしていたが、どうやら川は流れていないようだった。
「うーん、外壁沿いの農場にはいないわね」
「そんなところにいるのか?」
「わかんないけど、獣人奴隷を働かせるってなったら肉体労働系でしょ?」
「まあ、そうか……」
村育ちの獣人達が文官のような仕事をできるとは思えないし、一部の好事家以外には夜の相手も頼まれないだろう。となると、農場で働くか鉱山で働くか、もしくは戦闘に使うかの三択ぐらいか。
「身分証を」
真面目そうな衛兵に従い、俺とメリーの分の冒険者カードを見せる。
「そっちの子供は?念の為、フードを取ってくれるか?」
この衛兵が真面目なのか今までの衛兵達が真面目じゃなかったのか、ここに来てついにフードを取れと言われた。
幸いラエン市で奴隷契約は済ませていたので、不思議がられることもなかった。
「獣人か……まあいい。入市税は一人当たり大銅貨1枚だ」
リーニャを見て嫌悪感を滲ませる衛兵だったが、言葉には出さず職務に徹する。
何故この国の人達はそこまで獣人が嫌いなんだろうか?メリーの言っていた昔の戦争による先入観か?
とはいえ初対面の彼に尋ねることでもないので、大人しく入市税を払う。
「衛兵さん、奴隷商人のいる店を知りませんか?」
ついでということで、衛兵に情報を聞いてみる。
「奴隷商人か……確か、3番街の方にあったはずだ。なんだ、獣好きか?」
「まあ、そんなところです。ありがとうございます」
衛兵にケモナー扱いされるという事態が起こってしまったが、長い付き合いになるわけでもないのでいいだろう。
早速奴隷商人のいる3番街とやらに行こうと歩き出したのだが、後ろからグー、という音が聞こえた。
「リーニャ、腹減ったか?」
「……うん」
バツが悪そうに頷くリーニャ。
「メリー、悪いけどリーニャになんか食わせてやってくれ。俺は1人で行ってくるよ」
「分かったわ」
メリーにリーニャを預けて、1人で奴隷商人に会うことにする。元々リーニャに見せたくない光景だったし、メリーとリーニャも最近は仲良くなってきているので問題ないだろう。
不安そうなリーニャの頭を撫でて落ち着かせてから、2人と別れる。
「なあ、新しい守護様の噂は聞いたか?」
「知ってるぜ、亜人好きだってんだろ?」
「聞き耳」スキルが、ふと酒盛りをする男達の話し声を拾ってきた。
何やら気になる話だったので、足を止めて耳を傾ける。
「そうそう。なんでも、人族嫌いのエルフとか、森に集落を作ってた獣人とかを捕まえてきてるらしいぜ」
「獣臭えのはともかく、エルフか。エルフっつったら、あれだろ?長寿で、見目麗しいって話」
「御伽話なんかじゃ良く言うよな。勇者と恋したエルフの話とか」
「そんなエルフを奴隷かー。守護様もやることが大胆だねー」
「ま、ここらじゃエルフは珍しいからな」
その辺りで男達は酒がなくなったのか、会話を切り上げて解散した。
今の話がリーニャの村に関係するなら、リーニャ達を襲った兵士というのはこの街の守護の手勢なのだろうか?というか、そもそもまだ守護というものがよく分かっていない……後でメリーに詳しく教えてもらおう。
とりあえず、ダメ元で奴隷商人のところに行ってみよう。
◇
「獣人の奴隷ですか……先日ある客の方が揃って購入されたので、1人もいませんね」
「そうですか……」
やはりいないか。
期待はしていなかったが、これでまた少し面倒になった。奴隷商人は「ある客」と濁しているが、先程の酒盛り男達の会話からするに、買い付けたのは守護だろう。
「獣人はいませんが、こちらの娘はいかがですかな?亡国の元公爵令嬢で、まだ成人前ですが胸が大きく――」
また始まってしまった。
奴隷商人は嬉々として宣伝をしている。
宣伝されるのは仕方がないとしても、出てくる女奴隷が全員布面積が小さく、しかも薄いのはやめてほしい。目のやり場に困る。
「こちらは『調理』や『解体』のスキルを持った娘です。先程の元公爵令嬢の使用人だったのですが、それなりに美しくまだ未使用でございます」
おっ。ちょっと惹かれる。
未使用ってところにじゃないよ?
「調理」スキルは少し惹かれるが、ここでリーニャに関係のなさそうな奴隷、特に女性の奴隷を買えばメリーから冷めた目で見られることは確実なので、結局買わなかった。最悪、レベル上げして自分で取得すればいいしね。
「獣人奴隷を買った方がどなたか教えていただくことはできますか?」
「えーっと、顧客の情報は……」
ダメ元で聞いてみたが、やはり教えてくれないか。
ポケットから金貨を1枚取り出し、奴隷商人に握手を求める。奴隷商人は一瞬訝しげな顔をしたが、手を動かして一瞬見せた金色の輝きに気が付くと、満面の笑みで握手をしてくれた。
「いやー、私は存じ上げませんが、噂では守護様が獣人奴隷を買い付けたとのことですよ、ええ」
「本当ですか!是非とも噂元の方にお会いしたいですね、ええ」
金貨を握ってホクホクになった奴隷商人と笑顔で頷き合って、店を出た。
やはり賄賂、賄賂は全てを解決する。
その後スキルリストに「贈賄」スキルが出ていたが、俺は無言で消去した。
◇
「結局いなかったよ」
メリーとリーニャと別れた辺りまで戻ると、ベンチで串焼きを頬張る2人が見えたので、隣に腰掛けた。
「そう……他の奴隷商の話は聞けた?」
「いや。ただ、どうもこの街の守護が亜人とか獣人好きらしくてな」
「……なるほどね。どうするの?」
守護、と聞いてメリーが渋い顔になる。
そもそも俺は守護がなんなのか詳しく知らないので、メリーにそのことを聞いてみた。
「守護っていうのは、領主からその都市の統治を任された貴族のことね。村とかだと村長って言うけど、ライン市くらいの大きいところじゃ当然役職は守護ね」
「なるほど、江戸時代の代官みたいなものか……」
それにしても、また貴族か。
前回は絡まれたから反撃したが、今回はこちらから絡みに行く必要があるとは……。
ちなみに、難しい話を理解することを諦めたリーニャは、一生懸命串焼きを頬張っていた。
「グランデル伯爵の時みたいには行かないと思うわよ?奴隷制は国法で禁止されているわけじゃないし……」
「そうだよなあ……。そこが難しいところだ」
奴隷制禁止の国とかだったら、領主に告発するだけの簡単な仕事で済んだけど、そうは行かない。
……そういえば、エルフを奴隷にしたとか酒盛り男が言ってたな。そこのところはどうなんだ?
「なあ、エルフってどんな種族なんだ?」
「唐突ね……」
メリーは文句を言いながらも、エルフについて知っていることを教えてくれた。
森の中に隠れ住む種族で、他の種族との関わりはほとんどない。例外はドワーフやスプリガンなどの元が妖精の亜人達で、他の種族、特に人族なんかは滅多に関わらない。とはいえ、過去の勇者はそれなりに関わりがあったらしい。
排外主義だからか、人族の国に住む者なんかは稀らしい。
「それで、エルフがどうしたの?」
「獣人だけじゃなくてエルフも奴隷にしてるらしいから、他のエルフの協力を得られないかと思ったんだけど……」
「難しいわね。エルフの住んでる場所は分からないし……」
エルフをけしかけてこの街の守護と戦争をさせる作戦は、どうやら無理そうだ。
「まあとりあえず目処は立ったし、この街に腰を据えよう」
「そうね」
いっそのこと、アリスの姿で守護に面会を求めたっていいかもしれない。アイギスを着ていけば勇者であることは証明されるしね。
ともかく、リーニャの村の住人を救出するため、俺達はライン市に腰を据えることにした。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




