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16 リーニャ(2)

「リーニャは、ハリー達と一緒に行く」


 翌朝、目覚めた直後にリーニャが言った。

 寝ぼけ眼を擦りながら、確認をする。


「本当にいいのか?」


「うん。ハリーは勇者、なんでしょ?」


「あー、まあ、そうだけど……」


 リーニャは女の子なので、昨晩はメリーと同じテントで寝ていた。なので、その時に聞いたのだろう。


「勇者は獣人でも大切にするって、長老が言ってた」


「……そうか」


 きっと、その長老は歴代勇者の誰かと会ったことがあるのだろう。現代日本人の感性を持っている人間なら、獣人だからって差別はしなさそうだしね。


 朝食にするべく、昨日殺した長角鹿(ロングホーン・ディア)の肉を焼く。

 肉を焼くジュージューという音が聞こえてか、メリーが起きてきた。その服には毛がいっぱいついているので、恐らくリーニャに抱き着きながら寝たのだろう。あのモフモフは触りたくなるし、気持ちは分かる。


「おはよ〜」


「おはよう」


「……おはよう」


 しばし無言で肉の周りを囲み、ウェルダンまで焼き上がったところで、綺麗に三等分して分配する。紙皿を使ってもよかったが、ただのステーキなので面倒になり、結局鍋だけしか使っていない。

 全員が食べ終わったところで、2人のフォークを回収し、俺の箸と鍋と一緒に川に持っていって洗う。その間、メリーとリーニャにはテントとテーブルを畳むのをお願いしておいた。昨晩一緒に寝たからか、最初に会った頃の剣呑な雰囲気はかなりマシになっているようでよかった。



 追加で2日程歩き、ラエン伯爵領との領境の検問所に辿り着いた。リーニャが増えた3人の旅だったが、2人の時と比べてそれほど大変ではなかった。ついでにリーニャのレベル上げもしたことで、リーニャのレベルは1から7まで上昇し、「片手剣」「遠耳」スキルを獲得した。「聞き耳」スキルと何が違うのか気になったが、遠耳という言葉の意味を知らないのでなんとも言えなかった。

 ちなみに、検問所が見えたあたりから、リーニャには「万物創造(クリエイト)」で作った防御力や防寒性能の高い外套を羽織らせている。奴隷のフリをさせてもよかったが、メリーによると奴隷は『隷属の〜』シリーズのアクセサリーを付けているらしく、見た目がよく分からなかったので偽装することができなかった。


 荷物を確認されただけで、リーニャにフードを取れと言われるようなことはなかった。一安心だ。

 入市税のようなものは取らないらしい。兵士がサボってるだけかと思って確認したが、領境で税を取るところは稀らしい。何故だろう?


 ともかく、リーニャが獣人だとバレなくて良かった。

 兵士の話によると、ここから南に数日歩いたところにラエン市があるらしい。途中に幾つかの村があるらしいが、リーニャを連れて行くと騒ぎになりそうなのでお邪魔しないことにした。


「なあ、リーニャ」


「何?」


 一つ確認をしておく必要があるので、リーニャの意思を聞いてみる。


「もし奴隷になる必要があるって言われたら、どうする?」


「――え?す、捨てないで……なんでもするから……!」


 ラエン市で騒ぎを起こさないために聞いたのだが、捨てるという意味に捉えられてしまったらしい。リーニャが不安そうに俺の服の裾を握ってくる。


「大丈夫、捨てないよ。そういうことじゃなくて――」


 リーニャに詳しい説明をしてやると、捨てられないことに安堵したのか、服の裾から手を離してくれた。


「……ハリーの奴隷なら、いいよ」


「ありがとう」


 この国を出る時にでも解放してやればいいだろう。

 苦しそうな顔をしながらも頷いたリーニャの頭を撫でてやる。


「そういえば、この国ってなんて言うんだ?」


 ふと気になったのでメリーに聞いてみると、「何言ってるの?」みたいな顔で見られてしまった。解せぬ。


「……ルネキア王国よ」


「へ〜、そんな名前してたのか」


 そう呟くと、メリーだけでなくリーニャにまで呆れた目で見られてしまった。

 転生したばっかりなんだから、しょうがないじゃないか。



 検問所を通ってから4日。

 俺達は、ラエン市に辿り着いた。外観はグランデル市に近い城壁で、同じように外壁の近くに家が数軒建っている。


 検問はいざとなったら賄賂で乗り切ろうと思ったが、こちらもリーニャのフードを取るよう言われることはなかった。意外と警備はザルなのかもしれない。

 4日も歩いた時点でそうではないかと思ったが、ラエン市はほぼ伯爵領の外側らしい。ここから1日も歩かず領境だと聞いた。


「とりあえず、リーニャが獣人だってバレる前に奴隷商人のところに行くか」


「そうね」


「……うん」


 奴隷と聞いて不安になったか、リーニャが服の裾を掴んできたので、頭を撫でてから手を繋いで不安を和らげてやる。

 モフモフの感触が実に良い。



「獣人ですか。銀貨3枚でどうでしょう?」


「売らないよ。奴隷契約をしにきたんだ」


 奴隷商人がいるという建物に入った途端、そんなことを言われた。リーニャが怯えてしまったじゃないか。


「奴隷契約ですか?あなたの奴隷ではないので?」


「ええ。よく見てください」


 リーニャの首元に何もないことを見せる。

 大抵の奴隷は『隷属の首輪』を付けているらしく、次点で『隷属の腕輪』を付けていることが多いらしい。どちらも、命令に違反すると締め付けが途轍もなく強くなるという仕様がある。


「左様ですか。では、こちらにどうぞ」


 リーニャを連れて、奴隷商人の方に近寄る。

 奴隷商人が指差す机の上には、ナイフとお盆、そして『隷属の首輪』があった。


「こちらのナイフで傷をつけていただき、血をこの盆に垂らしていただきます」


 そう言われてお盆を見ると、透明な液体が入っていた。じっくり見ないと気が付かないくらい透明だ。

 料金として大銅貨3枚を支払い、ナイフで左人差し指に傷を付ける。

 ぽちゃん、とお盆の中に血を数滴垂らす。


「ありがとうございます」


 奴隷商人が手渡してきたハンカチで傷口を拭う。

 お盆を見ると、透明だった液体は俺の血で染まって赤みがかっている。奴隷商人はそこに、首輪を浸した。


「えぇ……?」


 その様子を見て忌避感を覚えてしまったが、数秒後に奴隷商人が取り出した首輪は、一切濡れているように見えなかった。血を吸い込んだのだろうか?魔法道具(マジック・アイテム)はやはり不思議だ。


「ご自分でお着けになりますか?それとも、私が?」


「いや、俺がやりますよ」


 リーニャが先程から若干震えているので、奴隷商人に着けさせるのは良くないだろう。

 奴隷商人から首輪を渡してもらい、リーニャの頭を一度撫でてから首輪を着ける。


「…………」


 リーニャは黙っているが、瞳が若干揺れている。

 着け終わった後にもう一度頭を撫でて安心させてやる。


「ところで、他の奴隷には興味ありませんかな?」


「……興味ないですね」


 「まあまあ」と奴隷商人に押され、スペースが区切られた布の中に入れられてしまった。リーニャに見せるのは良くないと判断したので、メリーと一緒に外に出てもらっている。


「こちらは12歳の少女ですが、『礼儀作法』や『算術』のスキルを持っており、教養に優れております」


 そんな風に一人一人の紹介をされる。

 スキルや年齢の紹介は分かるんだが、処女かどうかの紹介はいらないと思うんだ。

 何人か見せてもらって気付いたのだが、男の奴隷がほとんどいない。気になったので、奴隷商人に訊いてみる。


「男の奴隷はいないんですか?」


「男の奴隷は買う人が珍しいので、大抵は危険な鉱山などに送られますね」


 ほう。

 女の奴隷は買い手が多いからこうして売っている……と。

 差別されている獣人だけでなく人族も売られているのは、金が無くて身売りした者や、犯罪を犯した者が主らしい。

 ちなみに、獣人も少なからずいたが、猫獣人(キャット・セリアン)はいなかった。リーニャの村の住人がいれば買おうと思っていたが、ここにはいないようだ。


「この街って、他にも奴隷商はありますか?」


「私のところ以外は、たまに巡業で来るだけですね」


「そうですか」


 ならば、リーニャの村の住人はこの街に送られたのではないのだろう。ラエン伯爵領で大きな都市はここ以外では一つしかないし、いるとしたらそこか。

 色々教えてくれた奴隷商人に感謝をして、天幕を出る。


「……長かったわね」


 天幕を出た途端、メリーからジト目で見られた。解せぬ。

 俺は正義の行いをしてただけじゃないか……。


「リーニャの村の住人がいないか探してたんだよ」


 俺の弁明は受け入れられたらしく、メリーのジト目モードは解除された。


「それで、いたの?」


「いや、いなかった。この街の奴隷商はここだけらしいし、他の街だと思う」


「そう……」


 真実を伝えると、リーニャとメリーはしょんぼりしてしまっている。

 リーニャに近付き、頭をポンポン叩いてやる。


「大丈夫、せめて親ぐらいは見つけてやる」


「……ほんと?」


「ああ、本当だ」


 顔を上げたリーニャの頭をもう一度叩いてやると、リーニャは満面の笑みで頷いてくれた。

12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。

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