15 リーニャ(1)
グランデル市を出て、南東を目指す。
特に目的地があるわけではないが、強いて言うなら王都だろうか?
グランデル伯爵領から東寄りの南に下ったところに王都があると聞いたので、付近の都市を観光しつつ王都に向かってみようかな、と言う感じだ。
ちなみに、相変わらず移動は徒歩である。もし今後仲間が増えたら馬車を買ってもいいかもしれないが、今のところは2人だけだし、俺もメリーも乗馬技術がないので徒歩でいい。
「ハリー!」
「ああ、分かってる」
俺とメリーの「索敵」スキルが、同時に同一の魔物を捕捉した。
小鬼だ。
この世界の小鬼は友好的かもしれないと期待していたが、残念ながら魔物らしい。昔は知性があり人間と友好的に接する人鬼もいたらしいが、今は絶滅したか隠遁しているかでいないらしい。実に悲しい。
そんなことを考えている間に、小鬼はどんどん近付いてくる。避けて進んでもいいのだが、街道に近いしレベル上げの糧にもなるので、討伐しておいた方がいいだろう。
「メリー、魔法頼む」
「はーい」
詠唱を始めたメリーに後衛を任せ、偽装用の鉄剣を抜く。
エクスカリバーを使っても良いのだが、もし街道に人が来たらまずいのと、レベル的に不安のある相手でもないので使わない。
現に、視界に入った小鬼の1体を「万能鑑定」で鑑定しても、レベルは6だ。群れで行動しているのか他にも12体いるが、全員がレベル6前後ならば大して問題のある数ではない。
「――♪、聖なる矢・散」
そんなことを考えている間に、疾駆する小鬼の内5体が眉間を貫かれて倒れた。20近いレベル差があるとはいえ、遠距離魔法でワンパンとは、中々に弱いようだ。
眼前まで迫る小鬼の1体の棍棒を避け、懐に入って首に一撃入れる。エクスカリバーと違って若干抵抗があるが、問題無く斬り飛ばせた。
そのまま流れるようにして次の一撃、避けてまた次の一撃、と繰り返している内に、数分と経たず小鬼は全滅した。これがレベル差の暴力というやつか。
メリーと共に解体用のナイフで小鬼から魔石を取り出す。魔石の色は濁った灰色で、これは無属性を表すらしい。魔法を使わないから無属性、ということなのだろう。
「メリー、ナイス魔法だったよ」
「そっちこそ、普段使わない武器なのによく戦えたわね」
互いを褒め合い、また歩く。
夕暮れが近付いているが、暗くなる前にもう少し距離を稼いでおきたい。あと1日か2日も歩けば、ラエン伯爵領との領境に辿り着くはずだ。
「そろそろ野営にしましょう。流石にこれ以上は無理だわ」
「そうだな。テントの設営頼む」
テントの設営はメリーに任せ、俺は折り畳み式のテーブルを広げる。
初日はテントを1つしか立てなかったメリーだが、数日間かけて俺が何度も叱ると、最近はようやく2つ立てるようになってくれた。
折り畳み式のテーブルを広げ、次に薪を集めて灯火杖で着火する。心地よい火の匂いを楽しみつつ、鞄から調理器具と鹿の肉、それに少しの山菜を取り出す。
「調理」スキルはリストには現れているが取得はしていないし、料理に詳しいわけでもないので、ただ肉の脂を使って炒めるだけだ。
「わぁ、良い匂い」
香辛料の匂いに釣られて、テント設営を終えたメリーが近付いてきた。念の為周囲を見回したが、ちゃんとテントは2つあった。
「野菜炒めかあ、たまにはなんかもうちょっと凝ったもの作らない?」
「自分ができるようになってから言ってくれ。料理を練習する気はない」
「ちぇー。じゃあ料理できる子を仲間にしようよ」
「今のところこれ以上人を増やすつもりはないぞ」
「えー……」
ぼやくメリーを無視して手を動かす。
男を入れたら絶対にメリーと問題を起こしそうだし、女は比率的に俺が息苦しくなるから却下だ。したがって、何か必要性に迫られるような事態が来ない限り、仲間を増やす気はない。
暇そうなメリーに、紙皿を取り出すように頼む。ちゃんとした食器を買いたかったのだが、馬車でもないので何かの衝撃で割れたら怖いということで紙皿になった。
メリーが並べた紙皿に野菜炒めを等分して盛り付け、手を合わせて「いただきます」をしてから箸を握る。
「毎回思うけどさ、そのいただきますってなんなの?」
メリーが肉を噛みながら訊いてきたので、質問に答えてやる。
「うーん……食材と生産者に感謝する、って感じかな?俺の国では食前に必ず言うんだよ」
「へぇー」
案外召喚された勇者あたりが広めているかと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。
まあ、生産者への感謝はともかく、食材への感謝というのはこの世界では価値観が違うのかもしれない。この世界の人は命を軽く見てる節があるからね。
その話の流れのまま日本の話題をしたりして雑談しながら、野菜炒めを完食した。日本にいた時は野菜炒めはあまり好きではなかったが、自分で作ったからか不思議と美味しく感じた。自作だから愛着が湧いたのだろうか?
野宿初日の反省を生かし川に近い場所を選んだので、食器洗いが簡単で楽だ。
食器洗い中に水浴びをしようと乱入してきたメリーは、映写魔法の映写幕で光の板を設置し、裸体が見えないように調整した。何も映像を流さなければ魔力もそう消費しないので、メリー対策に便利で日頃からお世話になっている。
ささっと食器洗いを済ませて、メリーから逃れて焚き火に戻る。
しばらく焚き火に当たってぼーっとしていたのだが……ふと、「索敵」スキルに反応があった。街道を走る長角鹿がいるようだ。走る速度からして何かから逃れているもしくは何かを追っているようだが、他の魔物の反応はない。「索敵」スキルでは悪意のない人間は感知できないので、恐らく人間だろう。
「行くか……」
人前ということでエクスカリバーは持っていかずに、鉄剣を差して行く。
メリーに伝えるか書き置きでも残そうかと思ったが、メリーも「索敵」スキルを持っているのでその内気付くだろう。
長角鹿は街道をこちらの方向に向かって走ってきているようだ。都合が良くて助かる。
「……子供?」
どうやら、追われているのは子供のようだ。
子供が長角鹿に襲われる前に止めるべく、全力で走る。
「怪我は無いか!魔物は倒すから安心してくれ!」
逃げている子供に叫ぶ。
子供は走る速度を上げると、俺の背後までやってきて隠れる。
俺を獲物と認識した長角鹿がトレードマークの角で攻撃を仕掛けてくるが、鉄剣でへし折り、そのまま首を斬り落として対処した。血飛沫が子供にかからないようにしたので、俺の服が少し汚れてしまったが、まあ仕方ない。
「大丈夫か?親はどうした?」
振り返って子供に尋ねる。暗くて顔がよく見えない。灯火杖でも持ってくればよかった……。
「子供じゃ、ないもん」
その声は、灯火杖を点灯させながら駆けてきたメリーの声にかき消されてしまった。
「大丈夫ー!?――って、獣人!?」
メリーの持ってきた明かりによって照らされた姿は、とても毛深い姿だった。
「――ひっ」
子供――改め獣人は、メリーの驚いたような叫び声が聞こえると、急に怯えて後ずさった。
「どうした?大丈夫、悪いやつじゃないよ、あいつは」
「ち、近寄るな!」
怯える獣人に手を差し伸べたのだが、振り払われてしまった。嫌われるようなことはした覚えがないんだが……。
「ハリー、離れて」
「はぁ?なんで?」
「なんでって……獣人よ?」
「……だから?」
低い声で指示するメリー。
もしや、この国は獣人差別があるのか……?
「獣人は魔物の仲間って話よ。実際、昔は大勢人族を殺したらしいし……」
「昔の話だろ?この子が実際に人を殺めたわけじゃない。そうだろう?」
「……うん」
後半の問いは獣人に向けたものだったが、警戒するような瞳で頷いてくれた。
「はぁ……そうか、ハリーは勇者だったわね。仕方ないか……」
何故か呆れたような溜め息を吐かれたが、説得は完了したと見て良さそうだ。次は、こっちの獣人の方だ。
「俺は敵じゃない。信じられないかもしれないけど、安心してくれ」
「……だけど、お母さんとお父さんは、お前達人族に……」
「俺はそんな奴らとは違う。信じられないなら、ほら」
獣人に向けて、俺は握っている鉄剣の柄を差し出す。獣人は、恐る恐ると言った感じでその剣を握った。
「それをあげるよ。ほら、俺はもうこれで丸腰だ。話をしてくれるか?」
両手を上げて武器がないことを示すと、獣人は少し躊躇してから頷いた。
「ありがとう。俺はハリー、あっちの明かりを持ってる人がメリーだ。君の名前は?」
「……リーニャ」
「そうか、良い名前だね。なんで魔物に追われてたのか、よければ聞かせてくれるか?」
怯えた様子のリーニャだったが、少しずつ話をしてくれた。
リーニャは猫獣人という種族らしく、同じ種族の者達が50名ほどで寄り集まって、ここから少し離れたところに村を作っていたらしい。
だが、今日の夕方辺りに人族の兵士がやってきて、リーニャ達を奴隷にするべく村を襲ってきたらしい。メリーに聞いたところ、この国では獣人を奴隷にすることはそう珍しくないそうだ。
リーニャは唯一の子供だったため、村人が総出で逃がしてくれたそうだ。足の速さを生かして必死に逃げたが、途中で長角鹿に見つかり、さっきまでの状況に至る、というわけらしい。
「なるほどな……酷い国だな」
「リーニャも、この国嫌い」
「……なんか私が悪いみたいになるじゃない。悪かったわよ、獣人を悪く言って」
リーニャも一応メリーの謝罪を受け取り、仲良く……とまでは行かないが、穏やかに会話はできそうだ。
「リーニャ、行く当てがないなら、俺達と一緒に旅をするか?」
「……旅?」
「そうだ。今俺達は、色んな街に行ってるんだ。その内この国の外にも行こうと思ってるんだが……獣人の国があれば、リーニャをそこまで送ってやれるかもしれない」
「……獣人の……国」
リーニャは村の外のことはほとんど知らないらしく、聞き覚えがないようだった。メリーは知ってはいたが、遠方にあるらしく詳しい場所は分からないと言っていた。
「もちろん、無理にとは言わない。もしリーニャが旅する気になってくれたら、でいいんだ」
「リーニャは……」
リーニャは幼いからかすぐには判断がつかないらしく、悩んでいるようだ。
「すぐに答えを出さなくてもいいから、とりあえず火に当たろう。寒いだろ?」
「……分かった」
ある程度の信用は勝ち取れたらしく、リーニャは素直に従ってついてきてくれた。
……仲間を増やす気はないと言ったのに早速増えそうだ。あれはもしや、フラグだったのかもしれない。




