14 グランデル市(5)
伯爵令息事件から一夜明けて。
予約した宿の日数が1日余っていたので、俺とメリーは野営道具を買うべく市内散策中だ。
もっとちゃんとしたのを買おう、と思っていたのに、結局色々あって買えてなかったからね。
「これとかいいんじゃないかしら?」
メリーが手に取っているのは、折り畳み式のテーブルだ。そこまで大きくはないが、二人で食事するのには丁度良さそうなサイズだ。
「お姉さん、それは大銅貨2枚だよ」
「え、高……」
宿代の約2倍か。
こう考えると、宿代が安過ぎるだけじゃなかろうか?そんなことはないのかな……。
結局、メリーが頑張って値切ったお陰で、大銅貨1枚と銅貨7枚で買うことができた。現代日本人である俺は値切りなどできないので、メリーに脱帽である。
折り畳み式テーブルを鞄に突っ込み、次なる店に向かう。
次に買うのは、香辛料だ。在庫が心許ないので、買っておきたい。
「こりゃ、南方のリユー侯爵領から取り寄せた香辛料だ。銀貨2枚だよ」
中々にお高い。
いや、大航海時代でも香辛料は高級品だったらしいし、そんなものなのかな?
聞き覚えのない地名から取り寄せたらしいし、輸送料も含まれてると考えれば仕方ないか……。
大人しく2瓶程購入し、収納する。
「後は何が必要かな?」
「うーん……テーブル、香辛料、テント、灯火杖……そうね、魔物避けの魔法道具とか買っておく?」
「何それ?」
メリーの説明によると、家事魔法の害虫除けなるものを使った道具らしい。「害虫」ならば普通の魔物は来るんじゃないか……?と思ったが、籠める魔力の量次第では魔物も除けてくれるらしい。
便利そうなので買ってみることにして、この間行った魔法道具屋に向かうことにした。
「前行った時は、例の伯爵令息に買い占められてたけど……今回はどうかな」
「そんなことまでしてたのね……」
流石に2週間程も経っているからか、久々に見た店内は前ほどはがらんとしていなかった。
店内を探し回るのが面倒だったので、暇そうにしている店主に聞いてみる。
「害虫除けの魔法道具ってありますか?」
「ちょっと待って下さいね……迷宮都市に行くとか言う人達が結構買って行ったので少ないかも……」
ブツブツ呟きながら、店主はカウンターから離れて行った。
「なあ、迷宮都市ってなんだ?」
その間暇なので、先程聞こえた初耳ワードをメリーに聞いてみる。
「文字通り、迷宮がある都市よ。迷宮は魔物の素材とか魔石とかを沢山産出できるから、国が管理してるの」
「へぇ……今度行ってみる?」
「いいわよ」
そんな風な会話をしている内に店主が戻ってきた。その手には、筒状の物が握られている。
「最後の一つですが、ありましたよ……」
在庫が無いからか銀貨3枚と香辛料以上の高値だったが、仕方なく購入。元々値が張る物なのだろうと諦めた。
「あ、私、服買いたい!」
突然そう言ったメリーのショッピングに付き合わされた。
1時間程かけて結局2着しか買っていなかった。女性の買い物って凄いね……。
◇
「演劇やってるよ〜一人銅貨2枚!どうだい!」
「演劇?行ってみる?」
「まあ……銅貨2枚ならいいか」
日本でも演劇など見たことがなかったが、メリーが興味を持っていたので、見てみることにした。
チケット売りに銅貨を4枚支払い、2人分のチケットを購入する。
「毎度!」
1時間後ぐらいに開始とのことだったので、それまでの間に昼食を済ませておく。
昼食はあまり美味しくなかったので、割愛としよう。メリーが「不味い」と言うのを我慢して一生懸命食べていたのが印象的だった。
美味しくない昼食を済ませて、チケット売りに教えてもらった場所に向かうと、丁度演劇が始まる直前だった。
スタッフにチケットを見せて、案内された席に座ると、演劇が始まった。
「昔々、あるところに1柱の神様がいました」
神話の演劇なのだろうか?
ナレーションに合わせて、紫っぽい衣装を纏った女性が舞台に現れた。
「その神様が創った世界に、ある時2柱の神様がやって来ました。魔神とナユリエ様です」
紫衣装の女性に、似たような紫衣装の男性と、聖職者っぽい衣装の女性が近付く。
神殿で見た肖像画ではナユリエ神は女神だったので、聖職者っぽい方がナユリエ神で、紫衣装の男が魔神だろう。
「3柱は仲良く暮らしていました。しかしある時、ナユリエ様はこの世界の人間が虐められていることに気が付きました」
ナレーションがそう言うと、紫衣装の女性が、人形で表された人々を踏み潰す。
「ナユリエ様は魔神と協力して、この世界を創った悪い神様を退治しました」
魔神とナユリエ神が手を取り合って、紫衣装の女性を舞台から追いやる。
「人々は2柱に感謝して、幸せに暮らし始めました。しかしある時、今度は魔神が人々を虐め始めました」
今度は魔神役の男性が、人形を踏み潰し始めました。
「ナユリエ様は魔神を止めようとしましたが、魔神が作り出した悪魔や魔王に妨害され、思うようにできません」
魔神の背後から同じく紫衣装の男性が数人現れる。恐らく、悪魔と魔王を表しているのだろう。
「そこでナユリエ様は、神官や巫女達と協力して、ある魔法を使いました」
舞台に光が降り注ぎ、金色の剣を構えた男が現れる。
「それは、勇者召喚の魔法です。異世界から呼び出された勇者は、ナユリエ様の力を借りて悪魔や魔王を次々と倒していきます」
そこでナレーションが途切れ、舞台上では勇者と魔王達の戦いが繰り広げられる。
「魔王め!いつまでもお前達の思い通りになると思うなよ!」
勇者役の男性が叫び、剣を魔王の胸に突き刺す。
「馬鹿な勇者め!我らは魔神様の加護がある限り不滅!何度でも蘇るさ!」
どっかの大佐か!
ツッコミが出そうになったが、堪えた。
魔王は勇者に剣を突き立てられ、舞台から退場した。
「ナユリエ、それに勇者よ!我らは何度でもこの世界を破壊しにやってくるぞ!」
魔神は捨て台詞を吐いて、残った悪魔を引き連れ星に向かって飛んでいく。
「勇者よ、感謝します!あなたのお陰で、世界は平和になりました!」
舞台上では勇者とナユリエ神が口付けを交わす。
「私は魔神を封じるため、月からあなた達を見守っています。勇者よ、どうか民を守って下さい」
ナユリエ神は勇者にそう言うと、魔神のように月に向かって飛んでいく。
……なんか違和感がある。
だが、違和感の正体には気付けなかった。
ナユリエ神が月に向かって飛んでいき、勇者が次の魔王を倒すべく舞台を去ったところで、演劇は終了した。
何度も鼻を啜る音が聞こえたので、横を見ると、メリーが号泣していた。
「えっ、あの……?」
肩を揺さぶってみるが、メリーの号泣は止まりそうになかった。
今の演劇のどこに泣く要素があったんだ……。
◇
数分程してようやくメリーが落ち着いたので、適当なベンチまで連れて行って腰を下ろした。
「あれって、ちゃんとした神話が元になってるのか?」
「そうよ!まあ、演劇なので諸々端折ってはいるけど……」
メリーの話だと、神話では創造神との戦いがもう少し長かったり、勇者とナユリエ神が恋仲になったりと色々あるらしい。ただ、神と人の間では子が成せないし寿命も違うので、勇者が老いる姿を見たく無いがために、ナユリエ神が月に行くそうだ。
まあ確かにちょっと泣きたくなる気持ちは分かるけど、演劇ではそんなシーンはなかったのだから、そんなに泣かなくても……と思ってしまった。
それにしても、創造神が悪い神様で終わり、って言うのはなんか不自然じゃないか……?と思ったけど、メリーに聞いても特に不思議がる様子はなかった。
わざわざ世界を創って、生み出した人間を虐めるだけとか、どんだけ器が小さい神様なんだ……。
そして、結局演劇中に感じた違和感の正体は分かりそうになかった。




