12 グランデル市(3)
「これなんてどう?」
メリーが指差す依頼書を見る。
今、俺とメリーは冒険者ギルドにやって来ている。グランデル伯爵が帰還する一週間後までやる事が無かったので、俺のランクを上げる為に依頼を受けようとメリーが言い出したのだ。
依頼書には『大量発生した巨大熊の討伐』と書かれている。10体程討伐すれば依頼達成となるようで、推奨はC級となっている。
「これで良いと思うが……こういうのって、本来領軍がやるものじゃないのか?」
「そうだろうけど……まあ、伯爵代理があれじゃ、ね……」
「ああ……そうか」
依頼主もそれを理解しているから、仕方無く冒険者ギルドに頼んでいるという事だろう。とばっちりを受ける市民が可哀想だ。
他に良さそうな依頼も無いので、俺達は依頼書を持って受付に向かった。
◇
「巨大熊ってどんな魔物なんだ?」
「ただ大きいだけの熊ね。ああ、後たまに火吹くわよ」
「それは火吹き熊と改名した方がいいんじゃなかろうか……」
熊が火を吹くとは、流石ファンタジー。この言葉で全ての物事の説明がつきそうで、ちょっと怖くなってきた。
依頼書に指定された場所は、高低差の激しい森だった。高低差と言っても、段々状になっているだけなので、移動はそこまで難しくない。
人里からも離れたという事で、偽装用に買ったダミーの鉄剣を鞄に戻し、エクスカリバーを取り出す。アイギスやイージスは、今日は出番無しだ。特にアイギスの身体強化機能に頼っていると、いざという時に戦えなくなりそうなのだ。
鉄剣の代わりにエクスカリバーを剣帯に差す。
明らかにこちらの方が丈夫そうな素材なのに、重さが大差ないのは不思議だ。
「ねえ、あれ見て」
メリーに言われて示された方を見ると、森の中に大きな茶色い物体が見えた。いや、物体ではない――生き物だ。
「あれが?」
「直接見るのは初めてだけど、多分そうね。眠ってるっぽいから、今の内に殺しちゃいましょ」
聞き耳スキルのお陰か、イビキが大きく聞こえてくる。
巨大熊を起こさないよう、地面を慎重に見極めながら進む。
盛大にイビキをかく頭の横まで近付いたところで、エクスカリバーの柄に手を掛け、引き抜く。
その時の美しいシャリーン、という音が、今だけは味方をしてくれなかった。
「ゴルル……」
巨大熊がイビキを中断し、体を起こす。
――あ、まずっ。
「ゴルルルルルアアアア!!!」
こちらの存在に気付いた巨大熊は、怒りの鳴き声を喚き散らしながら、その巨大な腕を震ってくる。
――落ち着け。
7、8メートルはありそうな巨体は迫力こそ凄いが、その膂力は悪魔程ではない。
慎重に爪を受け止めながら、「万能鑑定」を使い敵のステータスを覗き見る。
レベルは13、スキルは「吐炎」のみだ。火吹きがスキル扱いならば、もしや人にも可能なのだろうか?
そんな事を考えている内に、メリーの詠唱が終わったのか背後から光の矢が飛来してきた。
「聖なる矢!」
光の矢は巨大熊の大きな目に突き刺さり、血飛沫をあげる。
「ゴアアア!!」
目を抑えて叫ぶ巨大熊に肉薄し、その巨大な足を斬りつける。「連撃」スキルの効果もあってか、流れるような連続攻撃により、巨大熊は尻もちをついた。
座り込んだ事で幾分か低くなったので、跳躍してエクスカリバーを振るう。レベル44という驚異的なステータスにより数メートルを跳躍した俺は、勢い良く首を斬り飛ばした。明らかに刀身の長さが足りていないのに斬り落とせたのは、エクスカリバーの力か。
――危険!
「危機感知」により突如として感じた危機感に従い、全力で体を丸める。
ゴウ!という音と共に、コンマ一秒前まで俺がいた場所を、炎が襲った。
「2体目……」
いや、2体目どころではない。ゆうに10体はいる。
「索敵」スキルがあるのにも関わらず気付かなかった自分が憎い。
地面に着地しながらメリーを見ると、突然襲い掛かってきた巨大熊達から逃れているところだった。回復役のメリーが傷を負うのは、この場面において最も危険だ。
目の前で炎を吐く巨大熊の股下をくぐり、メリーに向かって走る。
走るメリーの背中に向けて振るわれる腕の間に、間一髪で体を入れることに成功した。
エクスカリバーで腕を受け止めながら、メリーに叫ぶ。
「怪我は!?」
「大丈夫!」
その言葉を信じて、振り向かずに巨大熊の攻撃を弾く。「弾き防御」スキルのお陰か、完璧な角度で弾くことができた。
後ろではメリーが詠唱を始めたようなので、メリーを守ることに専念する。ある程度数が減るまでは、メリーの魔法に仕事をしてもらうしかないだろう。
少し離れた位置にいる6体は放置して、近距離にいる4体を相手取る。内1体は火を吹いた後だからか、行動がやけに遅い。実質3体を相手にしているようなものだ。
巨大熊達に比べたら高レベルだとはいえ、流石に3対1は厳しい。先程からギリギリの戦いだ。
だが、放たれたメリーの魔法が状況を打開した。
「――♪、聖なる槍!」
背後から巨大な光の槍が飛んできて、丁度俺に攻撃をしていた巨大熊の胸を貫いた。心臓の辺りにヒットしたのか、巨大熊は倒れたまま動かない。
「ナイス!」
すぐに次の詠唱を始めるメリー。
6体がこちらに到着するまで、1分と言ったところか。その間に、残りの3体は片付けてしまいたい。
ここで、火吹きをした個体がようやく動き始めた。使用後の硬直時間は、大体30秒程のようだ。
再び3体に戻った巨大熊達と剣戟を演じる。
動き始めたとは言っても疲労はあるようで、火吹き個体だけ動きが鈍い。これなら、暫く耐えれそうだ。
俺が振るわれた腕に反撃で一撃を入れたところで、先程よりも少し長い詠唱が終了した。
「――♪、聖なる矢・散!」
「複数の」という名前の通り、五本の矢が飛来し、3体の巨大熊の胸をそれぞれ貫いた。
「ナイス!」
「魔力が少ないわ!後は聖なる槍一発しか撃てない!」
「分かった!回復用に温存しといてくれ!」
流石にここまで来て出し惜しみしている訳にはいかない。
着々と近付いてくる巨大熊の存在を認識しながら、近くに置いてあった鞄まで駆ける。
鞄の中に手を突っ込み、アイギスとイージスを見つけると、両手でそれぞれに触れる。
「『装着』!」
俺が叫ぶと、眩い光が辺りを照らし、次の瞬間にはアイギスを着込み、左手にイージスを付けた俺の姿がそこにはあった。
ちなみに、『脱装』と叫ぶことで、アイギスとイージスを外すことができる。この事に気が付いたのは、悪魔と戦った後だ。鎧を脱ぐのに四苦八苦したあの時の俺の努力を返してほしい。
そんな事を考えながら、少し離れた位置にいる巨大熊達に肉薄する。
今気付いたのだが、エクスカリバー・アイギス・イージスの聖なる装備一式が、それぞれ淡い青の輝きを放っている。『勇者』の称号を得たからだろうか?
美しい輝きに見惚れながら走る。
次の瞬間、6体の巨大熊の内3体が火を吹いた。左手のイージスをかざして、その攻撃を防ぐ。
10秒程も防ぐと、火吹きが止んだ。10秒しか吹かないで30秒も行動できなくなるとは、「吐炎」スキルは意外と弱いのかもしれない。
火吹きが止んだ瞬間、巨大熊の首を落とすべく跳躍する。アイギスの足場作成機能を使って二段ジャンプをし、呑気に突っ立っていた1体の首を落とす。
その瞬間、ソイツの真横に立っていた個体が火を吹いた。
「うおぁっ!」
イージスで防ぐのが間に合わず、焼けるような痛みとともに顔が燃やされた。胴体はアイギスのお陰で無事だ。
痛みに堪えながら着地し、巨大熊達から遠ざかる。
「――♪、治癒!」
俺が飛び退いた直後、メリーの回復魔法が俺の顔を癒した。温かい光が顔を覆い、みるみる内に痛みが消えていく。
「ありがとう!」
メリーに感謝しつつ、火傷の痛みが消えた俺は、火吹きをした4体が動き出す前に残りの1体を始末するべく動く。
振るわれた腕攻撃をイージスで受け流し、跳躍してその腕に飛び乗る。腕をジャンプ台代わりにもう一度跳躍し、巨大熊と視線が合った。
咄嗟に火を吹こうとした巨大熊のガラ空きの首を、エクスカリバーで斬り落とす。
アイギスで展開した足場を経由して地面に着地し、他の4体の様子を窺う。
最初に火を吹いた3体は、間も無く動き出しそうだ。最後の1体は動き出すまで暫く掛かりそうだ。
今の内に1体でも多く数を減らそう……と思って走り出したが、間に合わず3体が動き始めた。
ここからはメリーの回復魔法を頼れないので、傷を負う訳にはいかない。慎重に行かねば。
同時に振るわれた三本の腕攻撃を、イージスで防ぐ。イージスは流石の防御力で、その全てを完全に防いでみせた。
――コイツら、腕か火吹き以外の攻撃手段は無いのだろうか?
刹那の思考を振り払い、防いだ腕の一本に傷を付ける。
痛みに喚く巨大熊を無視し、残りの2体の内片方の足に素早く攻撃する。
3分の2に傷を付けた後、最後の1体を殺すべく跳躍する。滞空した俺を殺そうと爪が迫ってくるが、空中に展開した足場で軌道を変え、その攻撃を避ける。この足場展開機能は、地味だがかなり強力だ。悪魔戦でも多用すればよかった。いや、あの時は魔力が少なかったから、多用はできなかったか。
この場には不要な考えを振り払い、巨大熊の首を斬り飛ばす。ミスする事なく成功し、更に足場を展開して今度は足を傷付けた個体に近付く。
「うわぁっ!?」
突然迫ってきた炎を、咄嗟にイージスをかざして防ぐ。一度吹いた後にもう一度吹けるとは、驚きだ。危うく傷を負うところだった。
そのまま空中で炎攻撃を凌ぎ、時々襲ってくるもう1体の攻撃をかわす。足場展開に魔力を食われているが、まだ余裕はある筈だ。
炎攻撃が終了したところで、ソイツの首を飛ばす。エクスカリバー、間合い拡張までしてくれるとは実にズルい。
首を斬り飛ばした直後、空中で宙返りを決め、腕攻撃をしてきていた個体の首を落とすべく迫る。火吹きをして動けなくなっていた個体がこちらに近付いてきているが、その前には目の前のコイツの首が落ちる。
こちらも火吹きをしてくるかと思ってイージスを構えて警戒していたのだが、どうやらコイツはできないらしい。レベル差が生む個体差だろうか?
ともかく、火吹きをしてこないのはありがたいので、そのまま首を斬り飛ばした。
久々に地面に着地し、最後の1体と相対する。
何度目かも分からない腕攻撃を屈んで回避し、真上を通った腕にエクスカリバーで一撃を入れ、斬り落とす。痛みの声を上げる巨大熊を無視し、跳び上がる。
最後まで火吹きを警戒していたのだが、死に際の火吹きはさっきの個体だけしかできないようだ。残った左腕で抵抗をする巨大熊の首を斬り飛ばし、戦闘は終了した。
「相変わらず、凄まじい強さね……」
「大分ギリギリだったけどね」
きっと、アイギスが無ければやられていただろう。
11体の巨大熊の死体を協力して解体し、討伐証明部位にあたる爪と、売却用の魔石を確保する。赤色に輝く魔石は、その巨体と同じくかなり大きかった。
解体が終了したところで、ステータスを開いてみる。流石にレベルは上がっていなかったが、これだけ倒したのだから、もう少しで45レベルに上がるだろう。
メリーのレベルも気になったので、許可をもらって「万能鑑定」を使用した。
驚いた事に、レベル27まで上がっていた。いや、最後に見た時は14レベルで、直近5日間は俺のレベル上げに協力していたのだから、当然と言えば当然か?
スキルも数個増えて、「索敵」「収納」「採取」を新しく獲得したようだ。こちらの世界の人々は、転生者である俺と違って獲得するスキルを選べないようなので、「収納」のようなあまり使い所のないスキルを得てしまったのは仕方がないだろう。
巨大熊の爪と魔石を協力してそれぞれの鞄に詰め、俺達はグランデル市に戻った。




