11 グランデル市(2)
間違えて少し進んだ話を投稿してました。すみませんでした!!!
本日17時にもう1話投稿します。
伯爵令息との衝突から5日後。
全ての準備を整えた俺は、伯爵の城の前に佇んでいた。
この5日間の準備を軽く振り返るとしよう。
まず一番最初に、グランデル市中の本屋を駆け巡り、映写魔法の魔法書を手に入れた。映写魔法の使い手は少なく、使いたがる者も珍しい為、売っている本屋を見つけるのに苦労した。
次に、魔物を討伐しまくりレベル上げに勤しんだ。その甲斐あって、レベルは44に上昇し、スキルポイントは6増えた為、その全てを「映写魔法」スキルに注ぎ込んだ。
証拠集めの準備が整った為、俺は行動する事を決意したというわけだ。
さあ、やんちゃしている伯爵令息を止めに行こう。
「伯爵令息様との取次をお願いします」
「面会のお約束は?」
「ありませんが、『数日前の冒険者ギルドの者です』といえば、通してくれる筈です」
訝しげな顔をした衛兵だったが、渋々と言った様子で伯爵令息を呼びに行ってくれた。
ちなみにメリーは、宿屋で待機してもらっている。下手にメリーを動かして伯爵令息に捕まったりしたら大変だからだ。俺が身を案じているからか、メリーは素直に従ってくれた。
そんな事を考えていると、伯爵令息が城から出てきたようなので顔を上げる。
「おい、勇者はどこだ?」
「勇者様に本日正午、この城を訪れていただくように頼みましたので、その事を報告に参った次第です」
「ほう、それは重畳。では、貴様はさっさと帰るが良い」
「失礼しました。ではこれで」
下卑た笑みを浮かべながら舌なめずりをする伯爵令息に頭を下げ、城を離れる。
後は、計画通り上手くやるだけだ。
◇
「『変幻自在』」
物陰でアリスの姿に変身した俺は、懐から短杖を取り出して、小さな声で詠唱をする。
「――♪、映像記録」
初級の映写魔法を使い、すぐに物陰から姿を現す。
しっかり視界の右上に秒数表示が出ている事を確認し、伯爵令息に向き直る。
「初めまして、伯爵令息様。アリスと申します」
「貴様が悪魔を倒したという勇者か?」
「はい」
腰に差したエクスカリバーをチラリと見せると、伯爵令息は頷いてついて来るように言い、城に向かって歩き始めた。俺はそれに従って後を追う。
「本日はどのようなご用件で?」
「何、悪魔討伐の褒賞を授けようと思ってな」
一体どのような手を使って来るだろうか?
力で襲ってくるのが一番楽で良いが、搦め手を使われると面倒だ。
そんな事を考えている内に目的地に着いたのか、伯爵令息が部屋に入るように促した。断るのも不自然なので、扉を開けて中に入る。
「……これは?」
部屋には、紫色の煙がうっすらと漂っている。
振り返って伯爵令息に訊いた途端、腹に蹴りが入った。受け止める事も可能だったが、ここは敢えて受けた。
「くくっ、馬鹿な勇者め……この香は媚薬の香だ!!前に吸った女は、堕ちるまでに10秒と掛からなかったぞ!さあ、お前はどうだ?」
後ろ手で扉を閉めながら高笑いする伯爵令息。
ご丁寧に自分の悪事を語ってくれたので、もうコイツに用は無い。
「『万物創造』:ガスマスク」
ドラマなんかで見たガスマスクをイメージしてスキルを発動すると、途端に顔が覆われた。
それまで止めていた息を吸ってみるが、特に問題は無さそうだ。やはり、このスキルは強力だな。
「なんだ、それは?」
「防毒の覆面……って言えば伝わる?」
ガスマスクなんぞこちらの世界には無いと思うので、分かりやすい言い方にして伝えてあげた。
伯爵令息は理解が出来ないのか、「何故効かぬ……」などと呟いている。
「まあ用は済んだし、お暇するわね」
人を閉じ込める為の部屋にも関わらず、何故かある窓を蹴破る。
いくら階段を上ってきたからと言って、高レベルの強者ならばこのぐらいの高さなら余裕で降りれると思う。
「なっ……何をする!」
「何をする、はこちらのセリフでしょう?まあ、グランデル伯爵が帰還するまでの束の間の強権をよく味わっておくことね」
逆ギレを始めた伯爵令息を放置して、窓から身を乗り出す。空中にいる内にガスマスクは取り外し、投げておく。
パルクール系の動画で、着地時に前転をするとエネルギーの方向を変えられるとかなんとか言っていたのを参考に、芝生に着地した瞬間に前に3回程転がった。
怪我が無い事を確認すると、映像記録の魔法を停止した。制限時間10分のギリギリだったが、なんとかなったようだ。
突き破った窓を見やると、伯爵令息が身を乗り出して何やら喚いている。軽く手を振ってやると、伯爵令息は室内に引っ込んだ。恐らく兵士を呼ぼうとしているのだろう。
捕まって男に抱かれる願望は無いので、さっさと逃げるに限る。
レベルアップによって向上した身体能力で城壁を走って登り、街中の路地に向かって逃走する。
走っている最中にチラリと背後を確認したが、兵士は追ってきていないようだ。
路地裏に入ったところで、スキルを発動してハリーの姿に戻る。
「『変幻自在』」
しっかりと姿が変わった事を確認して、路地から出てメリーの待つ宿に向かう。
特段急ぐ理由も無いのでゆったりと歩いていたのだが、兵士が出動している様子は無かった。兵士は伯爵令息に好きで従っているわけでは無さそうだ。
数分程掛けて宿屋に戻る。
「――ハリー!」
扉を開けた瞬間、メリーに抱き着かれた。
――何故?
「心配したわ……」
「いやいや、あんな奴に負けないから」
「それでもよ!一部の貴族は、本当に何をしてくるか分からないのよ!」
それから暫く、怒ったメリーに説教をされた。心労をかけたのは悪いと思うが、仕方が無いと思う。
適当なところで説教をやめてもらい、メリーを体から引っぺがす。
「で、グランデル伯爵がいつ頃帰ってくるかはわかったのか?」
「例年の感じだと、一週間後ぐらいらしいわよ?神殿の人に聞いたら教えてくれたわ」
「一週間か……まあ、その間に捕まらなきゃいいだけだな」
「そうね」
まあ、とは言っても捕まる訳が無いと思う。
伯爵令息は「変幻自在」の存在を知らないどころか想像もしないだろうし、兵士はあまり協力しなさそうだ。
それに、仮に兵士に見つかったとしても、そうそう負ける事はないだろう。レベル30以上の騎士は非常に稀な存在で、一つの領地に一人いるかいないか、という程度らしい。俺のレベルは44なので、超強力な毒で不意打ちとかをされない限りは大丈夫だと思う。
慢心は良くないから、油断はしないけどね。
神殿で働いてくる、と言ったメリーを見送り、忙しくて全く読めていなかった『魔法道具のすすめ』の本を開く。
そこまで分厚い本では無かったが、それなりに有益な情報は得られたように思う。
「灯火杖は迷宮探索者に重宝される」と書かれていたが、迷宮とはなんだろう?ダンジョンみたいなものだろうか?
今度それらしい本を買ってみよう……と思いつつ、今度は『魔法道具製作初級編』を開く。『水魔法入門』の方は、スキルポイントが足りないのでお預けにしようと思う。
この本によると、魔法道具を作るには『魔印気』なる液体が必要らしい。これは、魔石を砕いて専用の液体と混ぜる事で作れるそうだ。
この魔印気をインクとして使い、魔法の呪文を楽譜のようにして表したものを書くそうだ。この本では詠唱譜面という表現をしていたが、表現の仕方は人によって異なるらしい。
詠唱譜面を書いたら、魔力を通しやすい素材で蓋というか、譜面が傷付かないようにするそうだ。多くの場合は、魔力の通しやすい魔法金属――灰輝銀を使う事が主らしい――で保護を施す。
そしてその道具に魔力を通す事で、詠唱譜面に書いた魔法を使えるそうだ。例えば先程の灯火杖であれば、火炎魔法の灯火の譜面が書かれているらしい。
中々に大変そうだ、というのが感想である。
作曲家のように譜面を書かなければならず、金属加工の職人のように細工を施さねばならない。
正直言って、これを生業にしている人は凄いと思う。軽い気持ちで自作してみようなどと言った俺は、かなりの馬鹿者かも知れなかった。
「まあ、どこかで定住したらチャレンジしてみようかな」
本をバタリと閉じて、そう呟いた。
11/23 >誤字修正しました。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




