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10 グランデル市(1)

 それから数日の野営を経て、俺達はグランデル市に辿り着いた。

 ちなみに、旅の途中でメリーから聞いた事なのだが、グランデル市のような貴族の治める領地で領主が住む街は、領都と呼ぶらしい。県庁所在地みたいな感じだ。


「ミラーノ市と違って、城壁の外にも家があるね」


「そうね。貧しい農民とかかしら?」


 検問の列からチラッと覗いてみると、木や藁で作ったと見られる小屋が数軒建てられていた。近くには畑らしきものも見えたので、メリーの言う通り農民なのだろう。ミラーノ市では農民も街中で作業していたので、単に都市の性質の違いか、お金が無くて家を自分で作るしか無かったのか。


 人助けは嫌いではないが、流石に見ず知らずの人まで手を焼く程ではない。様子見に行きたい気持ちを堪えて、検問の列で大人しくしておく。


 ――ああ、でもやっぱり、ちょっと話を聞きに行きたい。


 そう思って体が僅かに揺れた俺の裾を、メリーが引っ掴んだ。


「人助けしたい気持ちは分かるけど、知らない人にまで手を回していたら、いくら時間があっても足りないわよ」


「……はい」


 その後は農作業をしている農民達を大人しく見守るに留まった。



「アリスの噂がここまで来てるとはな……」


「ふふ、そうね」


 無事検問を終え市内に入る事ができたのだが、衛兵から聞き覚えしかない話を聞いてしまい、溜め息を吐いてしまった。


「悪魔の一件以降、守護令息様が更に報酬額を上げたそうよ」


「へぇ……探さないで欲しいもんだな」


 人目につかないように行動している人を、わざわざ探すのはどうかと思います!


 ここでそんな事を言ってもどうにもならないので、諦めてまず宿を取った。

 宿代は大銅貨1枚に銅貨3枚と、ミラーノ市より僅かに高かった。この宿が高いだけなのかこの街の物価が高いのか、恐らくは後者だろう。


 取り敢えず、ミラーノの時と同じく十日分を先払いしておく。依頼などを受けてお金を稼ぐ必要があるので、最低でも一週間は滞在する必要があるのだ。


 宿に軽く荷物を置いて、メリーと共に外に出る。

 ちなみに、宿屋の主人に言いくるめられて、部屋はメリーと同室にされてしまった。


「私、ちょっと神殿を見に行ってくるわ」


「わかった」


 この街の神殿の様子が気になるというメリーと別れ、手始めに本屋を目指す事にした。魔法道具(マジック・アイテム)に関する本や、魔法書が欲しくなったのだ。


 通りを歩き回って、三十分程してようやく本屋を見つける事ができた。


 『魔法道具(マジック・アイテム)のすすめ』『魔法道具(マジック・アイテム)製作初級編』『水魔法入門』の3つの本を購入した。一冊銀貨5枚と、中々にお高い値段だった。


 野営道具などはメリーと一緒に見ればいいので、次は魔法道具(マジック・アイテム)を売っている店を見てみよう。



「すみません、現在品薄でして……」


「品薄?」


 目当ての魔法道具(マジック・アイテム)が中々見つからず、店主に聞いてみたのだが、そんな回答が返って来てしまった。


「はい。一時間程前でしょうか、伯爵令息を名乗る方がやって参りまして、日常生活に使える物から戦闘に使える物まで、幅広く買い占められたのです」


「なんと……」


 金遣いの荒い奴だ。

 というか、貴族ならば魔法道具(マジック・アイテム)なんぞ好きに取り揃えられるだろうに。何故わざわざ平民街にあるこの店にやって来たのだろうか?


「まあ、それなら仕方ないですね。ああ、魔法道具(マジック・アイテム)の自作に挑戦しようと思っているのですが、こちらの材料は扱ってますか?」


 先程買った本のページを開き、店主に見せる。


「少々お待ちください」


 商品を売れなかった手前か、店主は俺の望んだ材料を店の倉庫から引っ張り出して売ってくれた。



 翌日、俺はメリーと共に冒険者ギルドに顔を出す事にした。

 したのだが……早速後悔しそうだ。


「勇者はまだ見つからぬのか!」


 俺より少し年上らしき美形の男が、受付嬢に詰め寄っていた。


「す、すみません……依頼を受けてくださる方が少なく……」


「なんだと!?それを増やすのが貴様らの仕事だろう!」


「も、申し訳ありません」


 受付嬢が可哀想だ。

 それにしても、そんなにアリスを見つけたいのだろうか?メリーさん、その笑みをこちらに向けてくるの、やめてください。


「チッ、貴様、こっちに来い!」


「きゃっ!」


 美形男が受付嬢の腕を乱暴に引っ掴んだ。

 周りの冒険者達は遠巻きに眺めているだけだが、流石にこれは看過できない。俺とメリーは足早に飛び出すと、二人の間に割って入った。


「少し落ち着いて下さい。女性に乱暴はよろしくありませんよ?」


「なんだ、貴様は!伯爵令息である俺に楯突くとは、不敬だぞ!」


 随分小物くさい貴族の息子がいたもんだ。

 なるほど、冒険者達が何も手を出してこなかったのはそれが理由か……チラリと美形男の背後を見ると、冒険者達が「あいつやっちまったな」的な顔でこっちを見ている。助けろ。


「伯爵令息であるとはいえ、やって良い事と悪い事があるのでは?」


「そっ、その女が悪いのだ!依頼を出したら、依頼者に協力するのが冒険者ギルドの職務であろう!」


「最大限協力はして下さってる筈ですよ?現に、私がこの街の検問を受けた時、衛兵の方に依頼を受けてはどうかと提案を受けました」


「な、何……」


 俺の正論に、伯爵令息はたじたじになっている。

 後ろのメリーが腕に青痣を作った受付嬢の治療をしているのを確認する。それほどの力で握ったとか、力加減ができないのか?


「そ、そんな事を言うのならば、貴様らが捜索するのだ!!」


「は、はぁ?」


「貴様らが俺の崇高な行いを妨害したのだ!責任を取るべきであろう!!」


 訳の分からない事を述べる伯爵令息。

 だが、ここで断ってしまっては面倒だ。適当に受諾して、アリスとして姿を現してやれば気が済むだろう。

 さっさとこの場を逃れてしまいたかった俺は、その言葉に頷いた。


「分かりました、いいでしょう」


「ふん!見つけたら、城まで連れて来るが良い!」


 えぇ、そう来るか……。

 ま、やりようはいくらでもあるだろう。鼻息荒くギルドを出ていく伯爵令息の背中を見送り、背後の受付嬢を確認する。


「怪我はありませんか?」


「え、ええ、こちらの方に治療していただきました。その、ありがとうございます」


「いえ。大事なくて良かったです」


 そのままその受付嬢に依頼の受諾手続きをしてもらい、ついでにギルドで酒を飲んでいく事にした。


「おう兄ちゃん、あんた助かったな」


 一連の流れを傍観していた冒険者の一人が、酒の入ったジョッキを握りながら話しかけてきた。


「あの方は、いつもあんな事をされているのですか?」


「いつもっつうか、伯爵様のいねえ時だな。毎年10月ぐらいになると、王都に呼び出されるんだと」


「へえ……」


 定例会議みたいな物だろうか?


「それよりも、彼女さんをどうこうされなくて助かったな」


「どうこう、とは?」


 「彼女……」と呟いてニヤついているメリーを無視し、男に問い返す。


「あいつはな、結構な頻度で平民の女を捕まえて、宿に連れ込んでるんだ。さっきの受付嬢も、お前らが間に入んなきゃ同じ目に遭ってただろうな」


「なんと……そんな事が許されるのですか?」


「伯爵様はお許しなさってねえさ。ただ、今は伯爵様がいねえし、領主代理って事で揉み消しもできるからな。結局のところ、やりたい放題になってるってわけだ」


 どうやら、伯爵令息はかなりのゲス野郎らしい。

 さっきまでニヤついていたメリーも、自分の体をかき抱くような動作をしている。恐らく俺が女だったら、同じような動きをしていただろう。

 情報をくれた男に感謝の意味を込めて大銅貨1枚を握らせると、男はホクホク顔で酒の追加を頼みに行った。


「どうするの?」


 男が席を立ったところで、メリーが心配そうに言った。


「うーん……ただ勇者として現れて叩きのめすのは駄目そうだし……伯爵にバレないようにしてるって事だから、どうにかして伯爵が事態を知る状況を作り出すしかないかな」


「でも、多分あなたがアリスの格好で出て行ったら、多分難癖をつけて捕まえて来るわよ。その後は……」


 メリーは首を振って言葉を濁し、ジョッキを傾ける。

 そんな事になったら自殺したくなってしまうが、レベル差的にはありえないと思う。毒など使われたら厄介かもしれないが、アイギスを身に付けていけば毒ぐらいなら無力化してくれそうだ。

 ただ、力でねじ伏せに行くのでは、勇者ではなく蛮族になってしまう。どうにかして、正規の手段であの伯爵令息の蛮行を知らしめねばならない。


「あ……」


「どうかした?」


「妙案を思いついた」


 嬉しさのあまり指を鳴らすと、俺は勘定をメリーに任せて、本屋に向けて歩き出した。

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