軍に注目されるラウラと覚悟
軍内部、静寂に満ちた参謀本部の奥深く。回復魔導士養成プロジェクトに関する定期報告は、シュミット医師とハインリッヒ院長という二つの経路を通じて、リヒター少将とシュミット中将の元へと届けられていた。
その報告書が伝える事実は、冷徹な軍の論理から見ても、驚嘆すべきものだった。魔力を持った候補生十五名全員が、わずか一泊二日の合宿で「魔力覚醒」に至り、さらに入学までの間に魔力量を増やすための特訓まで、ラウラから伝授されたというのだ。それは、もはや教育の成果というよりも、奇跡を常識へと変える手腕と呼ぶべきものだった。
シュミット中将とリヒター少将は、その報告に、指導者としてのラウラの教授法の確かさを、高く評価せざるを得なかった。単なる訓練ではなく、常識という名の重い鎖に繋がれていた兵士たちの心から、魔法という「非常識の光」を引き出すその手腕は、軍が求める効率を遥かに超えた、才能の開花であった。
上層部からはすぐに明確な指示が下された。 「この指導法について、詳細に記録を残しておくように。この技術を、決して失ってはならない」 それは、ラウラという個人の才能を、軍の永遠の秘術として定着させようとする、強い意志の表れだった。
軍がこのプロジェクトに注ぐ眼差しは、命への慈愛だけではなかった。彼らは、進化しすぎた兵器が戦場にもたらす、凄まじい兵士の損耗という「影」を前にしていた。一瞬にして命が失われる戦場で、回復魔法と外科的治療を両方使える衛生兵や医官を作り出すことこそが、この時代における、命を繋ぎ止める新しい盾になると考えていたのだ。
ラウラが育てた命の術は、軍という巨大な機械の、最も必要な潤滑油となろうとしていた。それは、命を救うというラウラの願いと、兵を消耗させないという軍の思惑が、一瞬だけ重なり合った、危うい均衡の上で成り立っていた。
陸軍の回復魔法士養成魔法学校の開学まで、まもなくという時期。ラウラは、多忙な準備の合間を縫って、久々にワーグナー家に帰ってきた。故郷の家は、軍の鋼鉄の匂いとは違う、穏やかな木の香りに満ちていた。
両親や兄、姉に近況を報告する中で、ラウラは、カミラから授けられた、最も重い決意を口にした。
「私が養成した回復魔法士たちには、『聖女』として、敵味方関係なく治療にあたるように教育するつもりよ」
その言葉は、一家の間に、一瞬の静寂をもたらした。
フリードリヒ兄さんは、眉根を寄せた。軍人である彼にとって、それはあまりにも、戦場の常識からかけ離れた概念だった。
「男でも聖女になれるのか、という疑問もあるが……それ以上に、敵までも救うという概念は、軍という組織とは、根本的になじまないのではないか」
彼の懸念は、現実的だった。軍は、味方の戦闘継続能力を高めるために、この学校を作ったのだ。
その上で、フリードリヒ兄さんは、妹の才能にまつわる、別の報告をした。
「それと、ラウラ。お前の指導は、大変優れているという評価だ。以前、『目立つな』と言っておいたのに、大変目立ってしまったようだ」
彼は、呆れたようにため息をついた。選抜された十五名の下士官や兵たちは、原隊に戻った後、やや浮いた存在になっているのだという。
「普通の人だと思っていた連中が、一泊二日の合宿研修から帰ってきたら、いきなり魔法使いになっていて、毎日、手のひらから水を出し、空を飛ぶ練習をしているのだからな。周囲がびっくりするのは、無理もない」
ラウラは、その話を聞きながら、自らの前に引かれた、軍との境界線について思いを巡らせた。
「軍が、私のこの方針――回復魔法士が敵味方に関わらず回復魔法を使うという私の倫理に、賛同してくれなければ……私は、軍を離れようと思う」
その決意は、揺るぎないものだった。
「人を教える喜びは捨てがたいから、どこかで私設の魔法学校でも開くわ。たとえ細々とでもね」
ラウラの瞳は、軍の制約から解き放たれ、教育という新たな可能性を見据えていた。彼女の才能は、もはや軍の論理だけでは繋ぎ止められない。その才能と、彼女の純粋な倫理観が、今、この国の大きな力と、静かに、しかし決定的な対立の時を迎えようとしていた。




