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両親の不安と兄の忠告

 事前合宿という緊張の日々が終わり、ラウラは久しぶりにワーグナー家に戻り、つかの間の安息を得ていた。家の匂い、家族の声が、軍の空気で凝り固まった彼女の心を、ゆっくりと解きほぐしていく。


 しかし、その安息も、完全なものではなかった。父のハンスと母のインゲは、娘が軍の秘密のプロジェクトに従事していることに、深い不安を抱いていた。娘の手が、人を傷つけるためではなく、あくまで癒すために使われるよう、静かに、そして切実に心の中で祈っていた。娘の天賦の才能が、戦の道具となることを、両親は、何よりも恐れていたのだ。


 ラウラ自身も、その不安を共有していた。 (私がこれから養成する回復魔法士が、戦場で倒れるようなことが無いように……) 彼らを戦場に送り出す以上、彼らが自らの命を守るための訓練も、徹底して施さなければならないと、彼女は改めて決意した。


 フリードリヒは、ラウラの関わる回復魔法士養成プロジェクトが、今のところ「順調だ」という評価を受けていることを教えてくれた。それは、妹の働きに対する、軍からの静かな、しかし確かな称賛だった。


 しかし、兄は、同時に静かな、しかし重い警戒を促した。 「あくまで実験的な取り組みであることに変わりはない。軍は、お前の能力を試している。必要以上に目立ちすぎたり、軍の意向を超えたやりすぎには注意しろよ」


 フリードリヒの言葉は、ラウラを守るための、現実的な忠告だった。ラウラの才能と情熱は、今、巨大な軍の思惑という名の火の上に置かれている。彼女は、その火を消すのではなく、自分の目的のために、細心の注意を払って操らなければならないことを、改めて心に刻んだ。


 その静かな時間の中で、ラウラは、ふと、自身の初心を思い出していた。聖女になりたくない、その一心で軍病院へ入ったはずだったのに、いつの間にか回復魔法の研究と教育という道に囚われてしまっている自分に気がついた。


 だが、同時に、魔法学校の立ち上げに関わり、教えるという創造的な行為に、喜びを感じる自分がいることにも気がつきもした。


 しかし、育てた回復魔法士が戦地に赴くこと、折角回復させた兵士が再び戦力となるかもしれないことには、拭いがたい忸怩たる思いを抱いている自分もいた。彼女の術は、命を生かすが、その生かされた命が、また別の命を奪うことにつながるのだ。


 その中で、ラウラには譲れない誓いがあった。回復魔法の禁忌については、必ず、間違いなく、教え込まなくてはならない。人の体を再生するには他の命を奪うことにつながる代償があること、そしてその恐ろしさを、彼らに理解させなければならない。


 こうした、軍への不快感、教育への喜び、そして倫理的な葛藤という複雑な思いを、包み隠さず吐き出せる相手は、ただ一人しかいなかった。


 カミラに会いたい。その純粋な想いが、ラウラの心に、静かに募って来た。


 ラウラは、自らの心の奥底にある葛藤と、新しい学校への期待を、全てを包み隠さずに長い手紙にしたため、カミラに送った。


 数日後、返事が届いた。カミラからの書簡には、教会ではなく実家の方で会いましょうということだった。そして、その際には、制服ではなく私服で来て欲しい、と記されていた。その文面から、ラウラはカミラの周辺、特にシューマッハ家の中で、軍のラウラに関する評価が、何らかの形で変化している可能性を読み取った。


 カミラの休みに合わせて、ラウラはシューマッハ邸を訪れた。石造りの荘厳な門構えを見上げ、相変わらず大きなお屋敷だと改めて思った。


 入口で来訪を告げると、意外にもカミラ自身が玄関まで出て来てくれた。 「久しぶり!」


 制服を脱ぎ、地味ながらも上質な私服姿のラウラと、聖女服をまとっていないカミラは、互いに心からの笑顔を交わし、強くハグをして再会を喜んだ。


 カミラは、ラウラを応接間ではなく、奥にある小さな私室へと案内してくれた。 「執事のオットーさんは?」ラウラが尋ねると、カミラは小さな秘密を共有するように囁いた。 「お父様がオットーに用事を言いつけて、今はいないの。誰にも邪魔されないように、私たちだけにしてくれたみたい」


 二人は、革張りのソファーに腰を下ろした。ラウラは、軍機に触れない範囲で、事前合宿での生徒たちの驚きや、シュミット医師とのカリキュラム作成の様子を語り、最後に胸中の悩みを打ち明けた。


「私、教える才能があるみたいなの。そして、教えること自体の楽しみも分かったのよ。人の可能性が開く瞬間を見るのは、すごく満たされる」


 そして、矛盾へと繋がる部分を、声のトーンを落として続けた。 「でも、私が育てた再生魔法士が兵士を救うのは構わないのだけれど、その兵士には敵を殺す任務があることに、大きな矛盾を感じているの」


 ラウラの取り留めのない悩み、つまり、個人の才能と軍のシステム、癒しと殺戮という、二律背反のテーマを、カミラはただ静かに、そして熱心に話を聞いてくれた。カミラの瞳は、批判することなく、ラウラの心の波を映し出していた。


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