入学前の合宿研修
開校事前合宿の日程は、急ぎ足でやってきた。場所は、広々とした軍の中央体育館。一泊二日の魔法研修を実施し、未来の生徒たちに魔法が使えるとの自覚を持たせ、鍛錬を通じて魔力量を少しでも増やしてもらうためのものだった。
体育館に整列した十五名の新兵候補を前に、まずハインリッヒ少佐が校長として訓辞を垂れた。彼の言葉は、軍人としての厳格さと、教育者としての期待に満ちていた。続いて、シュミット医師が、医学と魔法のハイブリッド医療が軍にとっていかに重要かという、論理的な話をした。
そして、いよいよラウラの出番となった。
「陸軍病院所属一等軍曹のラウラです。私は回復魔術士で、皆さんの先輩になるものです。これからの課程で、回復魔法を使った治療で兵士を癒すことを、一緒に勉強していきたいと思います」
ラウラの穏やかな言葉に、一人の若者が、恐る恐る手を挙げた。 「ラウラ軍曹、我々は魔法使いではありません。回復魔法が使えれば、それは楽しいというか、役に立つと思うのですが、これまでそうした不思議な術は使えたことがありませんが」
その疑問は、ここに集まった全員の正直な気持ちだった。彼らは、これまでの人生では、魔法と無縁だったのだ。いきなり「あなたは魔法を使えます」と言われて、「はい、そうですか」とは思えないに違いない。
ラウラは、微笑んで答えた。 「はい、そうだと思います。ですが、皆さんは入学試験で魔力量の鑑定を受けていますから、間違いなく『魔法使い』になる素質は持っています。その点は安心してください」
この点こそ、ラウラには確かな策があった。誰しも、自分が魔力による不思議な体験をすると、魔法を信じるようになるものだ。信じることが力になることを、ラウラは知っていた。
「あなた方は、魔力を持っています。その魔力を強くイメージすると、現実世界で不思議な現象を起こすことができます」
ラウラは、そう告げると、両の手のひらを、全員の前に差し出すように示した。 「それでは、掌をじっと見つめてください。そして、汗が滲んで出てくる様子を、明確にイメージしてください。全身の力が、掌の一点に集まり、そこから水分が押し出される様子を」
体育館は、静寂に包まれた。十五名の若者が、真剣な眼差しで、自分の手のひらを見つめ始めた。
「掌が濡れてきましたか」 「はい、じっとり汗をかいてきました」何人かが、小声で答えた。 「その汗が止まらずに、吹き出し続けた状況をイメージして!」
ラウラが、強く、次の指示を出すと、数人の手のひらから、透明な水が、まるで小さな噴水のように滴り落ち始めた。さらに、それを見ていた何人かの若者が、驚きと共に、同じように手のひらから水を噴出させた。それは、紛れもない、魔力による現象だった。
その光景を見て、ラウラは、「はい、こちらに注目! 手のひらから水を出す魔法は終了!」と、声を張り上げた。
「先生、これは魔法だったのですか?」 水を滴らせた一人が、興奮した声で尋ねた。
「はい、これは魔法です。手のひらから出る汗の量は、たかが知れています。滴るほどの、こぼれるほどの汗は、魔力によるもので間違いありません」
一方で、うまくいかなかった若者もいる。 「先生、僕の手のひらからは、汗も水も出ませんでした……」
ラウラは、その不安を優しく打ち消した。 「生まれて初めての魔法の実践です。うまくいかなくても当たり前。今回の合宿の間に、魔法がうまく発動できるように、練習していきましょう」
そして、最後に、成功した者たちに語りかけた。 「うまくいった人は、自分の魔法の力を信じて、この合宿の期間で、その力を増やしていく作業を実践します」
信じる心と、明確なイメージ。ラウラの教育は、まず、この二つを、魔法とは無縁だった若者たちの心に、根付かせることから始まった。
この実習は、幼い日にラウラが初等学校の校庭を水浸しにしてしまった時の体験に、他ならぬラウラ自身の体験に基づいたものだった。あの時は制御できずに水が噴出し続けたため、今回はそうはならないように、彼女は意図的に早めに切り上げさせた。魔法とは、力の開放と同時に、その制御を学ぶことなのだ。
手を濡らせなかった半数の七名には、別の指導が始まった。
「それでは、この七名には、特に秘術を授けます」と、ラウラは、彼らの好奇心を刺激するように、声を張り上げた。彼らにとって魔法はまだ遠い領域の出来事だったが、その「秘術」という言葉に、彼らの目はわずかに輝いた。
「ここは体育館です。この線から向こうの線まで、全速力で走ってください。その際、一歩がものすごく大きいのでもいい、足の回転がめちゃくちゃ早いのでもいい。どうすれば早く走れるか、その明確なイメージをしっかりと脳裏に焼き付け、自分を魔力で強化し、最速の自分をまず頭の中に作り上げて、走るのです」
ラウラは、力強く続けた。 「魔法とは、現象を現実の世界に引きずり出す、強い意志の力です。イメージできた人から順次スタートしてください」
七名は、魔法という見えない力と、自分の肉体をどう結びつけるかに悩みながら、それでも、脳裏に刻んだ「最速の自分」の姿を信じて、その場に立ち尽くした。彼らは、静かに、そして真剣に、己の限界を超える「もう一人の自分」を創造していた。
一方、手のひらから水を出すことに成功した八名には、別の指示が出された。 「あなた方は、水魔法と相性がいいようです。この力を深く理解するために、もっとたくさんの水を出してみましょう。手洗い場に行って、手のひらを蛇口のようにして、水を出してみてください」
ラウラは、彼らの手のひらの水が、魔力の源泉と直接繋がっていることを示唆した。 「疲れるまで水を出してみて。しかし、無理は絶対にしないでください。疲れを感じたら、それが自分の力の境界線です。そこでやめること。魔力を使い果たした後の空虚さも、立派な学びです」
八名は、与えられた奇跡の力を確かめるように、洗面台へと向かった。彼らの手の中で、魔法は単なる現象から、自分の身体と深く結びついた、確かな能力へと、その姿を変えつつあった。




