頼み事
ラウラは、軍の計画を胸に、カミラのいる教会へと出向いた。教会の一室で、ラウラが事の次第を全て説明し終えると、カミラは、しばらく静かに考え込んでいた。
「確かに、兵隊に戦争遂行のために回復魔法を教えると言ったら、教会は私の派遣を拒否するでしょうね」
カミラは、現実的な判断を示した。教会と軍の間に横たわる、深い溝を知っているのだ。
「でも、『戦争で傷ついた兵を回復する手立てを、シューマッハ家の秘術を使って増やす』と言えば、お父様は魔道具の貸し出しを許す気がするわ。約束はできないけれど」
カミラは、父である当主カールを動かすための、言葉の綾をラウラに伝授してくれた。そして、彼女は立ち上がった。 「私も一緒に行って、頼んでみるわ」
ラウラは、思わず、込み上げてくる感謝の念を口にした。 「恩に着るわ、カミラ」
カミラは、その言葉に、わずかに皮肉めいた笑みを浮かべた。 「気安く恩に着ない方がいいわよ。これから、こんなことが増える気がするから」
その言葉には、ラウラの才能が、今後、公的な領域でどれほど多くの「借り」を生むことになるかという、カミラなりの予言が込められていた。
二人でシューマッハ邸に行くと、執事のオットーが、いつものように完璧な身のこなしで出迎えてくれた。 「ラウラ様、今日はどのようなご用向きでしょうか?」
オットーの問いに、カミラが代わりに答えた。 「お父様に、居り行ってお願い事があるのだそうです」 「分かりました。こちらの応接間でお待ちください。旦那様に聞いてまいります」
オットーに導かれて応接間に通された二人は、メイドが出してくれたお茶の香りを楽しみながら、ソファーに腰掛けた。 ラウラは、この屋敷の重厚な美しさに、改めて感嘆した。 「やっぱり、このお屋敷はすごいわね」
カミラは、その感想に、短く応じた。 「ありがとう、ラウラ」
カップが空になる頃、オットーが、小柄だが、鋭い眼光を持つ一人の男性と応接間に入ってきた。メイドが静かにお茶を入れ替える中、小柄な男性が口を開いた。
「私が当主のカール・シューマッハだ。軍のラウラ軍曹が話があるという風に伺ったが、あなたがラウラ軍曹か」 彼は、娘の友人を前にしても、軍人という肩書きに、やや警戒気味の態度を示した。
「私がラウラ・ワーグナーです。縁あって軍に居りますが、回復魔法使いでございます。カミラ嬢とは魔法学校の同級生で、回復魔法については、カミラ嬢に手ほどきを受けた間柄です」 ラウラは、自身の背景を丁寧に説明し、警戒を解こうと努めた。
カールさんは、わずかに表情を緩めた。 「君が、兵士の両足再生をやってのけた話は、伝え聞いて知っているよ。その君が、私に頼み事とは何だい」
少しずつ打ち解けた話し方になった当主に対し、ラウラは、意を決して本題を切り出した。 「実は、軍では再生魔法を使える兵士を軍内で養成しようとしており、私に白羽の矢が立ちました。軍内に潜在している魔力持ちを見つけ出して、再生魔法を訓練しようと考えていますが、こちらの魔力判定の魔道具があったことを思い出し、参りました」
ラウラの言葉に、カミラがすかさず援護射撃を入れた。 「お父様。兵とはいえ、傷ついた者であることに変わりはありません。そうした者が、再生魔法で癒される機会を得るのは、聖女としても、いいことだと思います」
カミラの言葉は、軍の論理ではなく、慈愛の精神に訴えかけるものだった。カールさんは、娘とラウラの顔を交互に見つめ、思案した。 「検討するから、今日のところはお帰り下さい」
当主の言葉は、拒絶ではなかった。ラウラは、この静かな応接間での交渉が、魔道具の貸し出しという、未来の可能性を繋ぎ止めたことを感じながら、シューマッハ邸を辞した。




