第一歩
準備室に戻ると、シュミット医師はすでに大きな机の上で、一枚の古い図面を広げていた。図面は、時間の経過によって紙が黄ばみ、いくつもの書き込みが残されていた。
「これが、これから魔法学校の建物になる予定の図面だ」 シュミット医師は、定規で図面の一部を指し示した。 「今は使われていない病棟を改造して使う方針でね。どんな設備が必要か、君に提案して欲しい」
ラウラは、目を輝かせた。 「これが、新しい学校になるんですね!」
しかし、シュミット医師は、その浮かれた調子をすぐに釘を刺した。 「だから、これは古い病棟の図面だ。これをどう手直しして、魔法学校としての機能を持たせるかを考えなくちゃいけないんだよ」 彼は、苛立ちを隠さずに続けた。 「魔法学校に必要な設備なんて、私には分からないんだ。君が、具体的な情報提供をしてくれ」
「分かりました」ラウラは、すぐに気持ちを切り替えた。「では、まず学生の人数は、どれくらいになる見込みですか」 「十数名だろう」 「何年で養成するのですか?」 ラウラの質問に、シュミット医師は少し皮肉めいた調子で返した。 「何年くらいかかる? 君は一年で十分だったんだろう」
「私は……」ラウラは言葉を選んだ。「カミラは、入学前から回復魔法を使えていたようですし。ところで、ここで受け入れる学生は、魔法学校の卒業生という前提でいいんですか」
その問いは、根本的な部分に触れるものだった。 「それも、まだ決まっていないようだ」
シュミット医師の言葉に、ラウラは思わず息を飲んだ。 「そこからですか……」
「一から教えるとなると、時間が掛かります。回復魔法は魔力を大量に消費する魔法なので、まずは魔力量を増やすトレーニングが必要不可欠です。魔法学校卒を受け入れるのなら、一年で足りるかもしれませんが、全くのゼロからの養成だと、数年掛かると思います。入学試験はあるのですか?」
ラウラの質問攻めに、シュミット医師は疲れたようにため息をついた。 「矢継ぎ早に聞いてくるけど、そこら辺を決めるのも、我々の仕事だと言われているんだよ」 「大変ですね」
ラウラは、そう言って、目の前の古びた図面に視線を戻した。二人の目の前にあるのは、単なる建物の図面ではない。それは、この国の軍が抱える切実な願いと、ラウラが手に入れた魔法の知識を、どのように現実世界へと組み込むか、という、巨大なパズルの最初のピースだった。ラウラの知恵と、シュミット医師の現実主義が、今、この準備室で、静かに交錯し始めたのだった。
翌日、ラウラは出勤するや否や、図面に向かっていたシュミット医師に告げた。 「シュミット先生、魔法学校を訪れて、ミヒャエル先生に会ってきます。ミヒャエル先生は回復魔法の専門でいらっしゃいますから、この新しい学校についての助言をいただいてきます」
彼女の足取りは、前日よりも軽やかだった。それは、頭の中で具体的な課題を解き始めたからだった。
ラウラは、懐かしい魔法学校の門をくぐって、ミヒャエル先生の部屋を訪ねると、彼はいつものように穏やかな笑顔で迎えてくれた。 「ミヒャエル先生、ラウラです。ご相談があって参りました」 「ラウラ君か、今度は何の用だい」
ラウラは、現状を簡潔に説明した。 「実は、陸軍病院付属回復魔法士学校というのを作ることになって、そこの準備室にいるんです。どんな生徒を入学させるかという、それこそ一番最初のところからスタートなんです」
彼女は、ミヒャエル先生の意見を求めた。 「そこで、魔法学校の卒業生の中から、回復魔法に興味がある子に入ってもらおうかと思っているのですが」
ミヒャエル先生は、顎に手を当て、少し考えた。 「回復魔法に興味があって、それを専門に進学する子は、残念ながら多くはないだろうな。何人くらい取るんだい?」 「毎年、十数名と聞いています」
先生は、わずかに首を傾げた。 「魔法学校の卒業生だけでは、定員は埋まらないかもしれないな」
「そうすると、外部生も取る仕組みが必要になりますね」ラウラは、すぐにその問題の解決策を探った。 「回復魔法自体は、そちらの学校で一から教えますので、入学の段階では、魔力量で足切りをしようと考えています」
その言葉に、ミヒャエル先生は、ラウラの現実的な判断に驚いたように言った。 「そんな足切りで大丈夫かい? 回復魔法は、魔力だけではない、繊細な技術も必要だろう」
ラウラは、未来を見据えた答えを返した。 「あとは、厳しい卒業試験で篩いにかけるつもりです」
ミヒャエル先生は、満足そうに頷いた。 「新しい学校、頑張って作ってくれたまえ。君の知見は、この国の魔法医療を大きく進めるものになるはずだ。また何か相談事があったら、遠慮せずにいつでも来なさい」 「ありがとうございます」
ラウラは、深く頭を下げた。彼女の心には、軍の思惑とは別の、確かな技術を持つ回復魔法士を育てるという、教育者としての新たな使命感が芽生え始めていた。その第一歩は、魔法学校の知識と、軍の現実が交差する、この静かなやり取りから始まったのだった。




