準備室
長い並木道の突き当たりに、陸軍病院の白い建物が静かに佇んでいた。久しぶりにこの場所に足を踏み入れたラウラは、受付で柔らかな声で尋ねた。
「回復魔法士学校準備室はどちらですか」
受付の女性兵士は、顔を上げ、ラウラの姿を見て微笑んだ。 「ラウラさんですね。お久しぶりです。回復魔法士学校準備室は、院長室の隣でございます。お分かりになりますか?」
「院長室の隣ですね。了解しました。ところで、院長先生はご在室ですか?」 「はい、お部屋にいらっしゃると思います」 「ご挨拶に行きたいのですが、大丈夫でしょうか」 「お待ちになっていると思いますよ」 女性兵士はそう言って、ラウラに静かに頷きかけた。
「はい、分かりました」
ラウラは、以前何度か呼び出されたことのある、あの重々しい院長室を目指して歩を進めていった。
まずは私物の荷物を置きに、準備室へ立ち寄ろうと、院長室の手前の扉を開けた。そこにいたのは、予想外の人物だった。シュミット医師――以前、ともに研究プロジェクトに携わった、あの冷徹な眼差しの医師だった。
「おはよう、ラウラ君。ラウラ一等軍曹と呼んだ方がいいかい」 シュミット医師は、いつものように感情をあまり表に出さない声で言った。
「おはようございます。シュミット先生。ラウラと呼び捨てにしてくださって結構です。先生も、準備室に配属ですか?」 ラウラは尋ねた。まさか彼が、この新しい機関の立ち上げに関わるとは思わなかった。
シュミット医師は、内心の不満を押し殺したような表情で言った。 「何でか分からないが、私も準備室の担当だ。よろしく頼む」 (なんで俺が、この小娘の面倒を見なくちゃいけねえんだ)という心の声が、彼の顔の微かな動きに滲んでいた。
「こちらこそよろしくお願いします。では、院長先生に着任の挨拶に行ってきます」
ラウラが、廊下へ出ようと扉に手をかけたとき、シュミット医師が言った。 「院長室には、廊下に出ないでも、こちらのドアからいけるよ。元々この部屋は、院長室に付属する控えの間だったからね」 彼は、部屋の奥にある、もう一つの扉を指差した。
「はい、分かりました」
ラウラが、その扉に歩み寄ろうとした瞬間、シュミット医師が慌てたように言葉を継いだ。 「でも、ノックだけはしろよ!」
その言葉が、ラウラの耳に届いた、まさにその時だった。彼女の行動は、言葉よりも早かった。軍の規律と、医師の忠告を飛び越えて、ラウラはいきなりドアを開けていた。
それは、彼女の純粋で、時として社会的な常識を無視する、魔法使いらしい性だった。院長室の向こう側にいる人物が、突然開かれた扉に、どのような反応を示すのか。静かな緊張感が、二つの部屋を隔てる、薄い空気の中に満ちていた。




