辞令
先端医学研究所の一室に、ラウラはハワード医師を訪ねた。その日の空気は、別れの予感をはらんで、静かに張り詰めていた。
ハワード医師は、机の上に置かれた、簡素な紙片を指し示した。 「私は軍人ではないので、正式な辞令の交付は、陸軍病院長のハインリッヒ少佐からということになる」
彼の言葉は、穏やかだが、避けられない運命を告げる響きを持っていた。
「それから、二等軍曹から一等軍曹への昇任の辞令もあるぞ。おめでとう」
そう言って渡された紙片には、簡潔な文字で、ラウラの新しい配属先が記されていた。 『陸軍病院付属 回復魔法士学校準備室への異動を命ず』
ラウラは、それを読みながら、胸の奥で、やはりそうだったかと呟いた。
「どんな仕事になるか、ハワード先生は聞いていますか?」
彼女の問いに、ハワード医師は優しい眼差しを向けた。 「新しく回復魔法士の養成機関を陸軍病院付属で作るので、ラウラを返してもらう、とね」
彼は、ラウラの不安を和らげようとした。 「望まれて戻るのだから、安心して帰ればいいよ。君の力は、必要とされているのだ」
ラウラは、急いで私物をまとめ、別れを告げるためにカミラの部屋へと向かった。 すると、カミラもまた、引っ越しの準備をしている最中だった。彼女の部屋も、すでに多くの荷物が箱に詰められ、がらんとしていた。
「私も、教会へ戻るように指示されたわ。ここでのプロジェクトは終わったって言われたの」
カミラは、その瞳に一欠けらの迷いもなく、むしろ明るい表情を浮かべていた。 「私は、いるべきところへ戻るわ。私を待ってくれている人たちが大勢いるもの」
彼女の言葉は、ラウラの心に、静かな波紋を広げた。カミラには、帰るべき場所がある。代々聖女を輩出してきた家柄と、彼女を必要とする教会の務め。それは、彼女の存在を支える、確固たる居場所だった。
「いるべきところに戻る」カミラのことが、ラウラはひどく羨ましく思った。 カミラは、その運命を喜んで受け入れている。それに比べて、自分はどうか。軍の思惑によって動かされ、その道が本当に自分が望むものなのか、未だに確信が持てない。
(私のいるべき場所、居場所は、どこなのだろう……)
ラウラは、手に持った辞令の紙片の重みを感じていた。陸軍病院付属の学校は、彼女の才能が生かせる場所かもしれない。だが、それは、彼女自身の純粋な願いが作った場所ではなく、軍の巨大な論理が築いた檻なのかもしれない。彼女の魔法探求の旅は、今、新たな、そして最も孤独な局面に立たされていた。




