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結界魔法

 一家の間で、軍の思惑という重苦しい話題が交わされていたその最中、父ハンスが、ふと、まるで乾いた土に水が注がれるかのように、話題を変えた。


「シュテファン、トーマスは最近、元気にしているのか?」 ハンスの問いかけは、物語の根源に戻るような、安堵の響きを持っていた。


 シュテファンは、すぐに顔をほころばせた。 「トーマスはね、火魔法を使えるっていうんで、今や鋳造の現場で大活躍しているよ。俺は鍛造の方にいるので、日頃の活躍を目にはしていないけれど――」


 彼は、ある出来事を話し始めた。 「この間、鋳型に溶けた鉄の湯を注ぎ込むときに、突然跳ねる事故があったそうでね。少し離れたところで作業していたトーマスが、咄嗟に結界魔法を放ってくれたおかげで、火傷する者が一人も出なかった、ということがあったんだ」


 シュテファンの声には、弟弟子への誇りが滲んでいた。 「今じゃ、うちの会社では、ちょっとしたヒーローさ」


 その話を聞いて、ラウラは驚きに目を見開いた。 「えぇー!意外だわ。トーマス君、魔法学校では、結界魔法を苦手にしていたのに。即座に、しかも離れたところに結界を張れるなんて、ずいぶんと上達したのね」


 攻撃魔法の訓練に偏っていた彼は、防御の結界を張る繊細な操作には苦労していたはずだ。しかし、彼は今、誰かを守るという、より純粋な動機のために、その魔法の技術を極めていた。


 ラウラは、ふと、トーマスの持つ、もう一つの側面を思い出した。 (そう、トーマス君は、魔力量は多かった……)


 呪いを解く前の、彼の圧倒的な魔力の奔流を思い起こしたラウラは、新たな真実に気がついた。 「もし、彼が、私の再生魔法の知見に触れて、その魔力で再生魔法を身につけたら……」


 ラウラの胸に、新たな懸念がよぎった。 (軍部が、今、私に示した関心以上に、トーマス君の才能には、より強く、より深く興味を持つ人材になりそうだわ)


 彼が、魔法を、今度こそ平和な仕事のために使えているという安堵と喜びの影で、ラウラは、自らの研究と、トーマスの隠された才能が、再び、この国の大きな力の渦に巻き込まれる可能性に、静かに思いを馳せるのだった。


 トーマスの秘めたる才能と、軍の強い関心が結びついた瞬間、ラウラの心に新たな危機感が走った。彼女は、思わず身を乗り出し、切実な目でシュテファンを見つめた。


「シュテファン兄さん、トーマスを、軍から隠してくれない?」


 その、ほとんど懇願に近い言葉に、シュテファンは戸惑いを隠さなかった。彼は、事態の深刻さが、まだ掴めていないようだった。 「何故だい? トーマスは今、まっとうな仕事に就いたばかりじゃないか」


 ラウラは、焦る気持ちを抑え、一つ一つ、言葉を選びながら説明した。 「トーマス君は、魔法学校では、勉強の方が振るわなかったから目立たなかったけれど、魔力量は抜群に多かったの。再生魔法の力を裏付ける、根源的な力よ。魔力量の多さは、魔法の才能と同義だわ」


 ラウラの声には、科学者の冷静さと、親友への強い思いが混じり合っていた。 「彼のことが軍に知れると、私の論文にある再生魔法の訓練をされて、戦地に送られかねないわ」


 シュテファンは、腕を組み、その可能性について考えた。彼にとって、「国を守る」という行為は、名誉あることだった。 「それのどこがいけないの? 国防の役に立てるのは、名誉なことではないのかい」


 彼の、単純で素直な疑問に、ラウラは、トーマスの抱える、最も脆い現実を提示した。 「本人が望むなら、それでもいいかもしれない。でも、彼は、母一人、子一人の家族なのよ」


 その一言は、重かった。トーマスは、長い呪いの日々を経て、ようやく母と共に、ささやかな安寧の日々を取り戻したばかりだ。その生活を、巨大な軍の論理によって再び引き裂かれてはならない。彼にとっての「国」とは、まず、その母親であり、彼女との穏やかな暮らしなのだ。


 シュテファンは、ラウラの言葉に、表情を硬くした。彼は、トーマスの持つ、あの孤独な瞳の奥に潜む、母親への深い愛情を思い出した。軍の論理と、個人の幸福。その二つの重さの狭間で、シュテファンは、無言で考え込むのだった。


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