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禁忌

 ラウラの口から発せられた「生命力を奪う」という禁忌の言葉は、会議室の空気を、凍り付いた水のように硬くした。その沈黙を破ったのは、陸軍病院長のハインリッヒ少佐だった。


「魔法の代償として周囲の生命力を奪うと言うが、それは実証されているのか」


 ラウラは、軍の求める「確実な証拠」の重さを理解していた。しかし、彼女の心に宿るのは、古の知恵と、命に対する畏敬の念だった。


「実証はされておりません」 ラウラは、顔を上げ、きっぱりと答えた。


「このことは、過去の複数の文献から得られた知識です。しかし、最悪、人の命を奪うことになります。私たちは、あえて禁忌とされていることを試すようなことはできません」


 その強い拒絶に、少佐は表情を変えなかったが、質問を重ねてきた。 「では、例えばここに集まっているような、比較的年齢が高い者が戦場で大怪我を負い、再生魔法の適用になる場合には、君ならどうする?」


 ラウラは、この問いが、仮定で答えられる性質ではないと知りながらも、最善の道を提示した。 「戦場では、消毒と止血を施し、速やかに後方に送るのが最善でしょう。後方で、患者の体力に応じた規模での再生魔法を、分割して行っていくことになります」


 少佐の目が、一瞬光った。 「再生魔法は、分割して行うことができるのか」


「体力が十分でない場合や、術者の魔力が十分でない場合は、分割して行うしか方法がありません」


 ラウラがそう返事をした、その時だった。それまで静かに二人を見つめていた陸軍大臣のシュミット中将が、ついに口を開いた。他的声には、威圧感よりも、むしろ、ある種の諦念と、深い感嘆の念が滲んでいた。


「ラウラ君、君は逸材だ」 中将は、ゆっくりと頷いた。


「我々の質問にも的確に答えてくれるし、閣僚会議で、建設大臣が『君を陸軍で独占しては国家の損失だ』と言っていたが、その意味がよく分かったよ」


 ラウラは、自分が知らないところで、自分の能力が、国の最高位の権力者たちの間で議論されていたという事実に、ただ呆然とするしかなかった。


「今日は来てくれてありがとう。お疲れ様」


 中将は、それ以上何も尋ねなかった。議論は、終息したのだ。ホフマン少尉がすぐに現れ、二人を司令部の玄関まで、丁寧な足取りで送ってくれた。


 司令部の外に出ると、トール大公の騎馬像が、変わらぬ威厳をもって立っていた。ラウラは、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、深く息を吐き出した。


 ミヒャエル先生が、穏やかに言った。 「疲れたね。お茶でも飲もう」


 その一言に、ラウラの肩の力が抜けた。大きな軍の思惑という名の波に、一瞬飲まれかけたが、彼女は、自分の信じる「禁忌」という名の防波堤を守り抜いた。しかし、彼女の論文がもたらした影響は、これで終わらないだろう。彼女の静かな闘いは、まだ始まったばかりなのだ。


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