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リヒター少将

 少尉が重厚な会議室のドアを開けてくれた。ラウラとミヒャエル先生は、おそるおそるその空間へと足を踏み入れた。


 部屋の中央には、巨大な会議用テーブルが鎮座し、その向こう側には、軍服姿の高官たちがずらりと並んで座っていた。陸軍病院長のハインリッヒ少佐、軍医総監のホルスト大佐、そして、その隣には、彼らよりも遥かに階級が高いと思われる将官たちの姿。


 ラウラは、あまりの威圧感に、膝ががくがくと震えるのを感じながら、自分たちのために用意された席へと歩みを進めた。 ミヒャエル先生も緊張の色は隠せなかったが、ラウラほどではなかった。彼はそっと、隣の教え子を気遣った。


「大丈夫か?」


 二人が席に着くと、病院長のハインリッヒ少佐が、その厳めしい見た目とは裏腹に、優しく穏やかな声で語りかけてきた。


「ラウラ君、そんなに緊張しなくても大丈夫。今日はどちらかと言えば、君の功績を讃えるために来てもらったのだから、リラックスしなさい」


 少佐は、テーブルの最上座に近い席を指し示しながら、紹介を始めた。 「こちらにいるのは、陸軍大臣のシュミット中将と、参謀総長のリヒター少将だ。君の再生魔法に関する知見に、大変関心を持たれ、直接どんなものか話を聞きたいと思って、この場に来ていただいた」


 参謀総長のリヒター少将が、口を開いた。彼の言葉遣いは、軍人らしい厳格さよりも、むしろ知識人としての好奇心に満ちていた。


「ラウラ君、若い君をこんな場所に呼び出して、申し訳ないと思っている。だが、君の論文は非常に興味深くてね。ぜひ話を聞いてみたかったのだよ。年寄りの我儘を許しておくれ」


 やけに優しい、軍人らしくない言葉が、ラウラの張り詰めた気持ちを、わずかに緩めた。


「はい、何でも聞いてください。お答えできることは、何でもお話しします」 ラウラは、反射的にそう答えた。


(あれ、フリードリヒ兄さんは、『はいはい言うな』って言っていたっけ) 彼女は、その場の雰囲気に飲まれ、つい全てを話してしまいそうな危うさを感じていた。


 リヒター少将は、穏やかながらも鋭い眼差しでラウラを見つめた。 「君の使う再生魔法は、ずいぶんと優れていて、聖女を凌駕するとまで言われているが、それは本当かね?」


 ラウラは、すぐに頭を振った。 「とんでもありません。親友の聖女カミラの回復魔法は、私が使えるものよりも、遥かに繊細で精緻です。内臓の損傷など、繊細な魔術操作が必要なものには、私の回復魔法はまだまだ及びません。比較するのも失礼にあたりそうです」


 彼女は、謙虚に、そして正直に、自分の能力の限界を解説した。彼女の魔法は、あくまで魔力に頼んだ、部位の再構築に特化しているのだ。


「手足の再生魔法に限って言えば、君の方が優れているのかい?」 リヒター少将が重ねて尋ねたので、ラウラは、真実を告げた。


「そういう面はあると思います」 「では、その再生魔法について、もう少し詳しく聞こう。この論文の中で、君は再生魔法の課題を多く挙げ、禁忌事項も述べている。それについて具体的に説明してもらえるかい?」


 ラウラは、背筋を伸ばした。ここが、最も重要な局面だ。 「はい、少将閣下。再生魔法の最大の課題は、この術が、対象者の肉体的資源と、術者の魔力、及び施術場所周囲にいる人間の生命力を利用して成り立つ術である、という点にあります」


 リヒター少将の表情が、わずかに引き締まった。彼は、最も聞きたかった核心を問う。 「例えば、戦場で再生魔法を使うことは可能なのか?」


 ラウラは、来るべき問いが来た、と思った。彼女は、目をそらさずに答えた。 「戦場で再生魔法を使うことは、極めて危険で推奨できません。術の対象となる人が若く体力があっても、術者が魔力切れを起こし、戦場の真ん中で意識を失うかもしれません。また、再生魔法を行っている周りに重症者がいると、その生命力を奪って死に至らしめる可能性があり、古くより厳重な禁忌となっております」


 ラウラの言葉は、会議室の空気を一変させた。再生魔法がもたらす「奇跡」の裏側に潜む、厳しく、恐ろしい「代償」の存在。それは、軍事利用を企図する者たちにとって、最も無視し得ない真実だった。


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