召喚状
週末を控えた日の朝、ラウラのもとに、二つの封書が届いた。一つは、魔法学校のミヒャエル先生からの、もう一つは、堅く厳めしい印が押された、陸軍からの召喚状だった。
ミヒャエル先生の手紙には、簡潔な指示が記されていた。 「君と一緒に陸軍の司令部に来て欲しいそうだ。君は陸軍の軍属だから、すでに連絡は行っているかもしれないが、次の金曜日に陸軍司令部前で落ち合おう」
その手紙と、無骨な召喚状が、ほとんど同時にラウラの手元に届いたことが、彼女の胸に、不吉な予感を呼び起こした。
「ハワード先生、私、何か軍にとって都合の悪いことや秘密を暴露したりしてしまったのでしょうか」
心配になったラウラは、すぐにハワード医師の元へと向かった。彼女の論文が、思いがけず、軍の不興を買ってしまったのではないかという不安が、彼女の心を覆っていた。
ハワード医師は、落ち着いた様子で、ラウラの論文をもう一度読み返した。 「この間の論文には、そうした問題はないと思うよ。君が書いたのは、魔法の理と、医療における禁忌。軍事的な機密に触れるような記述は、一切ない」
彼は、静かに目を細めた。 「強いて言えば、軍の上層部が、君の存在に、とうとう気がついた、ということかな」
論文の内容自体には問題はないと言ってもらえたが、ラウラは、どうにも「余計なことをしてしまった」という感を拭えなかった。知識を広く伝えたいという純粋な願いが、期せずして、巨大な力の注目を集めてしまったのだ。
「とりあえず、行っておいで。ミヒャエル先生も一緒なんだろう。彼の顔に免じて、すぐに帰してくれるさ」
ハワード医師は、表面上は穏やかにラウラを送り出したが、内心では、深い懸念を抱いていた。(いずれ、ラウラ君の才能には、気がつかれていただろう。彼女の再生魔法の力は、あまりにも貴重で、あまりにも異質なのだ)
彼は、窓の外の空を見上げた。ラウラは、誰もが待ち望んでいた「奇跡の術者」だ。軍がその力を、ただ静かに見過ごすはずがない。(彼女が望まない方向へ、その力が使われることにならないよう、祈ろう)
ハワード医師は知っていた。ラウラの価値について、今、この時点で一番気がついていないのは、ラウラ本人かもしれない。彼女の持つ力が、この世界に、どれほどの衝撃と、どれほどの試練をもたらすことになるのかを。
ラウラは、金曜日の招集を前に、張り詰めた糸のような不安を抱えながら、陸軍司令部へと向かうことになる。それは、彼女の人生の物語が、これまでと違う、重々しい扉の向こう側へと、一歩踏み出す瞬間だった。
週末になり、ラウラは慣れ親しんだワーグナー家の自宅へと戻った。家族の顔を見ることで、陸軍からの召喚状がもたらした胸のざわつきを、少しでも落ち着かせたかったのかもしれない。
彼女が、ミヒャエル先生の手紙と並べて召喚状を兄のフリードリヒに見せると、彼は眉間に皺を寄せ、その重々しい印章をじっと見つめた。
「陸軍司令部か……」 フリードリヒは、情報を探るように、静かに息を吐いた。 「少し探りを入れてみるよ。ただ、君がすぐに身柄を拘束されるような、切羽詰まった事態ではないと思う」
彼の落ち着いた声が、ラウラの不安をわずかに和らげた。しかし、フリードリヒは、表情を引き締め、妹に肝要な助言を与えた。 「あと、軍務だからと言って、何でも『はい』と返事をしない方がいいかもしれない。ミヒャエル先生に確認しながら返事をすること。そして、ラウラ自身が、心から納得できないことは、言い方にもよるけれども、拒否できるはずだよ」
それは、軍という巨大な組織の中で、個人の自由を守るための、大切な知恵だった。
その言葉に続いて、クリスティーナが、行政の仕組みを知る者らしい、抜け目ない提案をした。 「ねぇ、お姉ちゃんが、土木建設局もラウラに興味を持っております、って軍務大臣に話してもらおうか」
クリスティーナは、微笑みながらも、その目には、妹を守るための確かな光が宿っていた。 「そうすれば、陸軍も短兵急なことはやらないんじゃないかな。ラウラが、自分たちだけの人間ではないと知れば、多少は慎重になるはずよ」
フリードリヒは、その発想に目を細めた。 「それは、いい牽制になるかもしれないね。クリスティーナ、頼む」
家族の愛情と、それぞれの知恵が、彼女を取り巻く見えない圧力から守ろうと動いている。
しかし、ラウラ自身は、自分の身の回りで起こっていることが、うまく飲み込めずにいた。兄と姉の会話を聞きながら、彼女は、自分がどんな評価をされているのか、そして、その評価が、自分自身にとって何を意味するのかが、まるで分からなかった。
自分の書いた論文が、陸軍を動かし、土木建設局の関心まで引いている。それは、一人の魔法使いが、この国の未来の形を、知らず知らずのうちに揺るがし始めているということだった。
ラウラは、ただ純粋な探求心と、人々を救いたいという願いだけで行動してきた。彼女の意図しないところで、その才能と知識が、巨大な組織の思惑に巻き込まれていく。その事実に、彼女は、戸惑いと、かすかな恐れを抱きながら、金曜日の招集の日を待つのだった。




