論文執筆
先端医学研究所の静かな一室で、ラウラはハワード医師の指導を受けながら、再生魔法に関する論文を書き綴っていた。窓の外には柔らかな午後の光が差し込み、彼女の手元の羊皮紙に、古の知恵と現代の理知が織り交ぜられていく。
論文の動機は明確だった。身体の欠損部位を魔力を使って再生させるという、ほとんど奇跡に近い業について、その特性と禁忌を分析し、後進の魔法使いや、魔法を使った医療に携わる人々への確かな道標を提供したい。
しかし、その道標を書くことが、これほどまでに難しいとは、ラウラは想像していなかった。魔法の知識を持たない人たちにも伝わるように、そして魔法の使い手には誤解なく伝わるように言葉を選ぶことの困難さを、彼女は今、痛感していた。
「ハワード先生、この論文にも、謝辞はいるのでしょうか?」 ラウラは、ふと手を止めて尋ねた。
ハワード医師は、老眼鏡越しに書きかけの論文を眺めながら、穏やかに答えた。 「特段要らないとは思うが、君が感謝したいという人や組織があれば書けばいい。シューマッハ家の所蔵している本をだいぶ勉強したようだから、シューマッハ家に貴重な文献を参照させていただいたことを感謝するとか、書けばいいだろう」
「何だか、難しいですね」
「難しいのはそこじゃない」ハワード医師は優しく諭した。「君が見つけたこと、大事なことだからみんなに知って欲しいことを書くのが大事だ。謝辞は、論文がすっかり出来上がった後で、改めて考えればいい」
彼は、初めて報告書をまとめるラウラのことを、決して馬鹿にせず、根気よく指導を続けてくれた。
「記述の引用をするときには、引用元の本の著者と出版年を添えるのだ。そうすれば、無断引用にはならない。そして、論文の文末には引用文献として本の書名を分かるように書いておくのさ」
「引用ばっかりにならないように、自分の考えも入れていく必要があるのですね」
「そうだ。ラウラ君は、再生魔法の使い手として、誰よりも多くを実感しているはずだ。そういった部分は、引用ではなく、君自身の言葉で書く。そして事実と感想は分けて書く必要がある」
そうした様々な助言を受け、ラウラは夜を重ね、ついにある日、論文をまとめ上げた。表題は、『再生魔法実施上の留意点、魔法の特性と禁忌事項』。それは、古き知恵と、新しい研究の光が結実した、珠玉の文書だった。
「さあ、できた!」
安堵と達成感に包まれた瞬間、ラウラは一つの現実に気がついた。発表する「場」が無い。研究所の資料としては残せるが、それでは、この命がけの知識を必要としている、再生魔法を使える人たちには、到底伝わらない。
ラウラはカミラに、教会にはそうした発表の場はないかと尋ねてみた。しかし、カミラは首を横に振った。 「適当なものはないし、ラウラは教会の聖女ではないから、難しいね」
その時、思いがけない助け舟を出してくれたのは、魔法学校のミヒャエル先生だった。 「魔法学校には『紀要』というものがあってね。先生たちの研究結果を出せるのだ。もしよければ、私との共著という形だったら、そこに出せる」
ラウラは、そこで構わないと思った。広く、魔法の使い手へ届くのであれば、場所は問わない。
しかし、彼女はまだ知る由もなかった。この魔法学校の紀要に、彼女の論文が掲載されるという、その小さな一歩が、後にラウラ・ワーグナーという一人の女性の運命を、そして、魔法を使った医療の在り方そのものを、大きく変えることになるだろうということを。風は、すでに吹き始めていた。




