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聖女の実家

ラウラとカミラは、約束通り、シューマッハ家の屋敷にやって来た。馬車が門をくぐり、砂利の敷かれた道を緩やかに進むたび、ラウラの胸には、畏敬の念と、微かな興奮が入り混じった感情が広がっていった。

代々、この国で「聖女」と呼ばれる優れた癒しの術者を輩出してきた家柄だと聞いてはいた。しかし、これほどまでに見事な、威厳に満ちた屋敷があるとは、ラウラは想像もしていなかった。

苔むした石の擁壁に囲まれた敷地は広大で、屋敷そのものは、何世紀もの時を静かに重ねてきたことを物語る重厚な佇まいをしていた。硬質な石造りの壁には、蔦が這い、窓の配置には、かつての栄華を偲ばせる格式の高さが感じられた。

「カミラは……お嬢様だったのね」

思わず、ラウラは口に出してしまっていた。いつもの研究所の白衣姿とは違う、少し上等な普段着姿のカミラが、この荘厳な背景にしっくりと溶け込んでいるのが、不思議な心地がした。

カミラは、その言葉に顔色一つ変えず、淡々と答えた。

「世が世なら貴族だったみたいだね。貴族制が無くなったから関係ないけど。今は、この建物を維持するための税金の支払いに汲々としているって聞いているわ」彼女の言葉の裏には、由緒ある家柄の重荷のようなものが、わずかに滲んでいる気がした。

大きな玄関の扉の前に立つと、カミラが呼び鈴を鳴らした。澄んだ音色が響き渡り、すぐに内側から、重厚な木が軋む音がした。扉を開けて現れたのは、背筋をピンと伸ばした老年の男性執事だった。その服装は完璧に整えられ、穏やかな眼差しの中には、長年この家を見守ってきた者の静かな誇りが宿っている。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

執事の声は、深みのある、しかし抑制された響きを持っていた。

カミラは、一歩前に出て、ラウラを紹介した。

「こちらは、私の友人のラウラ・ワーグナー嬢よ。優れた回復魔法の術者で、今日は二人で書庫の探索に来たの」

執事は、その名を聞くと、一段と丁寧な礼を取った。

「これは、ラウラ様。ようこそいらっしゃいました。すぐに書庫の準備をいたしますね。準備が整うまで、どうぞ応接間でお待ちください」

ラウラは、こうした巨大な屋敷に来たことも、執事という職務の人間と接したことも初めてだった。流れるように淀みのない、しかし過剰すぎない丁重な扱いに、どう返答していいのか分からず、ただ小さく会釈をするのが精一杯だった。

彼女にとって、シューマッハ家は、遥かな歴史を持つ魔法の知識の源であり、カミラは、知性と信頼のおける友人だった。だが、この瞬間、目の前に広がる世界は、ラウラの知る研究所や、庶民の暮らす街とは違う、もう一つの、古き時代の秩序が息づく場所なのだった。彼女は、慣れない空気に、かすかな戸惑いを感じながら、カミラに導かれるまま、屋敷の中へと足を踏み入れた。

 先ほどの執事がカミラに耳打ちをした。

「ラウラ、書庫の準備ができたそうよ。早速行って、再生魔法の秘密を見つけましょう」

カミラが応接間のドアの方を向きながら言うと、ラウラは、座り心地の良い肘掛け椅子に身を沈めたまま、まだ高鳴る胸を押さえるように返事をした。

「カミラ、待って。このお屋敷の空気に、まだドキドキが止まらないの。もう少しだけ、休憩させて」

ラウラは、初めて触れる由緒正しい家の重々しい空気に、完全に圧倒されていた。石造りの壁の冷たさも、窓から差し込む光の清澄さも、何もかもが、彼女の知る世界とは違っていたのだ。

「しょうがないなぁ、ラウラは。こんなことでびっくりしちゃうんだから、書庫に行ったら、もっとびっくりするかもよ」

カミラは、微かに笑みを浮かべ、思わせぶりなことを口にした。

「執事のオットーには、探している本の種類は伝えてあるわ。だから、大体のあたりをつけて、読書卓に揃えておいてくれたとは思う」カミラはそう言いながら、目を細めた。

「でも、ラウラは、他人が見繕った本だけでは、きっと満足しない。すぐに書棚の森へ突っ込むでしょうね。……書庫の中で迷わないようにね。私はもう何度も迷ったわ」

「そんなに広い書庫なの?」

ラウラは、驚きに目を見開いた。

「ええ。シューマッハ家が何百年もかけて集めた本だからね。『基本的に捨てない』が家訓みたいなものらしいよ」

少しずつ人心地ついたラウラは、立ち上がった。探求心は、屋敷への戸惑いを上回り始めていた。二人は、いよいよ書庫へと向かう。しかし、お屋敷の中も、また広大だった。廊下は長く、いくつもの重厚な扉を通り過ぎるたび、ここは本当に人の住む家なのかと、ラウラは改めて思った。

十分以上歩いただろうか。ようやくたどり着いた書庫の扉は、他の部屋とは違う、深い知の重みが感じられる佇まいをしていた。中に入ると、そこは言葉通り、本の森だった。

広い部屋の中央にある大きなテーブルには、数十冊の古書が整然と積まれていた。これが、オットーが見繕っておいてくれた分だろう。

二人は早速、本を広げ、読み始めた。しかし、時代を経てきた書物の多くは、すでに廃れてしまった古語で書かれている。一文字一文字を解読し、その意味を噛み砕く作業は、気の遠くなるような手間を要した。

「これでは、一日や二日では、揃えられた本を読み切れないのは必定ね……」

ラウラは、古書の頁から顔を上げ、カミラに問いかけた。ここにある知識の深さに触れた今、簡単に立ち去ることはできなかった。

「ねぇ、カミラ。ハワード医師を通じて、研究所に申請して、この書庫での文献探しを、正式に仕事にしてもらえないかな。もし許可が下りたら、シューマッハ家は了承してくれるかしら?」

カミラは、一瞬静かに考えを巡らせた。そして、微笑んだ。

「シューマッハ家は、代々、聖女を輩出する家よ。聖なる癒しの術を探求する、聖女の望みとあれば、許可すると思うよ」

「でも、私は聖女じゃないよ」

ラウラは、戸惑いながら言った。

カミラは、少し肩をすくめた。

「似たようなもんじゃない」

その言葉には、ラウラの持つ、傷ついた人々を癒やそうとする真摯な心と、その類まれなる才能への、カミラなりの深い信頼が込められていた。知られざる再生魔法の秘密を巡る旅は、今、研究という公的な大義を得て、さらに深く、暗い歴史の奥へと進もうとしていた。


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