証言
軍警察が、マリアの保護先として選んだ場所は、皮肉にも、カミラとラウラが勤務する先端医学研究所だった。
「兄さんに丸投げしたはずなのに、ブーメランのように戻って来たわね!」ラウラは、その現実の皮肉に、思わず声を上げた。しかし、軍警察が二四時間体制の要員を配置し、保護の責任は軍警察にある。そして、聖女の加護が弱まれば、カミラが即座に掛け直せるという点で、それは極めて合理的な判断だった。
マリアが軍警察によって保護されたこと、そして彼女に施されていた闇魔法による呪いが、聖女カミラによってすべて解呪され、健康を取り戻しつつあるという事実――この情報がトーマスに知らされると、硬く閉ざされていた彼の口が、ついに開かれ始めたという。長兄フリードリヒからの連絡は、待望の知らせだった。
「トーマスが、ラウラになら話すと言い出したんだ。軍警察の留置施設まで来てくれ」
その言葉は、ラウラの友情と、真実への探究心が、トーマスの心の壁を打ち破った証拠だった。
ラウラは、一瞬のひらめきで、兄に頼んだ。
「聖女カミラも同行していい? 敵の闇魔法使いがトーマスに分からなように、呪いを仕込んだりしていないか、見てみたいの」
フリードリヒは、マリアの件で闇魔法の脅威を肌で感じていたため、即座に許可した。
「マリアの件もあるし、いいだろう」
かくして、回復魔法の二人は、再び留置施設を訪れた。今回の面会では、魔法の使用が異例中の異例として許可されており、監視付きではあるが、トーマスの身体に触れることも許されていた。
トーマスは、手錠と足錠をつけられたまま、面会室に連れられてきた。その姿は、痛々しく、枷の重さが彼を縛っている。
「今日は身体的接触があるということでこのありさまだよ。早く何とかしてくれ」
トーマスは、粗野な口調でぼやいた。その態度に、以前の彼の影が少し戻っているのを感じ、ラウラは安堵した。「トーマスに闇魔法の呪いがあるかどうか調べないとお話も聞けないのよ。じゃあ手に触れるわね」
カミラがトーマスの手に触れた瞬間、その清らかな表情が、マリアの時と同じく強烈な緊張に変わった。
「やっぱり呪いが掛けられている。私一人では解呪が難しいから、ラウラも手伝って」カミラの言葉を受け、ラウラは「じゃあ魔力を送るね」と言って、カミラの肩にそっと手を置いた。その瞬間、魔力がごそっと、彼女の身体から引き抜かれる感覚。マリアの時と同じ、底なしの深さを持つ呪いと、二人の治癒魔法が激しく対峙していることが、魔力の消費量からも伝わってきた。
トーマスは、この命がけの戦いの渦中で、呑気なことを口にした。
「へえ、俺にも呪いが掛かっているんだ」
数分後、解呪が終わったカミラは、深く息を吐き、冷たい事実をトーマスに突きつけた。「トーマス、あんたは歩く盗聴器だったんだよ。見聞きしたことが全部、術者に筒抜けになっていた。」ラウラが、その非情な仕組みを補足する。
「もちろん、マリアが助けられたことも、あんたが聞かされたと同時に相手に伝わっているわ。事情聴取で、あんたがどんなことを話したかも、取り調べ官があなたに何を喋ったかも、筒抜けだったってことね。」トーマスは、ようやくその呪いの恐ろしさを理解し、頭を抱えた。
ラウラは、そんな彼を慰めようとして言葉を紡ぐ。「呪いを掛けたやつは、どんな呪いなのかを説明はしないでしょうから、仕方がないよ。」その素直すぎる慰めに、トーマスは顔を上げ、文句を言った。「ラウラ、お前は慰め方が下手過ぎる。それじゃ余計落ち込むぞ。」
ラウラは、むっとした表情を見せながらも、本題へと戻った。
「さて、私になら話すって、何をしゃべってくれるの?」
トーマスは、手錠を握りしめ、重い口を開いた。その声は、もはや粗野ではなく、真実の重さを帯びていた。
「俺は、擁壁を壊していない」
その衝撃的な告白に、ラウラは息を詰めた。
「母親の命が惜しかったら、警察に出頭して擁壁を魔法で壊したと証言しろと、強制されたんだ」
「誰に強制されたの?」
「知らないやつだよ。多分魔法使いだと思うけれど、魔法学校で習う魔法とは程遠い感じがしたよ。俺には手も足も出なかった。そいつが闇魔法使いってやつかもしれない」
トーマスの証言は、手抜き工事という俗世の闇と、闇魔法使いという異界の悪意が、結びついているという、最悪の真実を指し示していた。ラウラとカミラは、その複雑に絡み合った闇の糸を、これから解きほぐさなければならないことを悟った。
トーマスの、呪いが解けた後の鮮烈な告白は、供述調書という名の記録の器に、厳密に収められた。
ラウラが、取調官の代わりに質問し、カミラが聖女の目でトーマスの精神状態を監視する――この面会は、軍警察の歴史においても、異端中の異端であっただろう。供述調書の読み聞かせが終わり、トーマスとラウラ、そしてカミラの三人が、「間違いありません」と署名したことで、面会は厳粛な終結を迎えた。
留置施設の冷たい廊下を歩きながら、ラウラは、この特殊な過程について説明を加えた。「今日は特殊な面会だと兄さんが言っていたわ。普通は、被疑者と取調官とで事情聴取をして調書を残すそうだけれど、今回は、被疑者が私にだけ話すという条件を付けたので、こんな風になったの」その言葉に、カミラは冷静な現実を指摘する。
「被疑者に呪いが掛けられていて、情報が外部に筒抜けだったのは、軍警察の汚点になりそうね。特に、取調官の秘密まで漏れていたとなると、組織内部の信頼にも関わるわ」
その指摘は、治癒魔法使いとしての冷静さと、聖女としての倫理観に基づいた、的確な批判だった。この重大な供述の内容は、すぐさまフリードリヒによって、土木建設局のクリスティーナにも伝えられた。
「擁壁の粗悪なボルト」という物証を持つクリスティーナの情報と、「闇魔法使いに強要された」というトーマスの証言が、ここで交差した。
点と点が、確かな線で繋がってきた――それが、ワーグナー兄弟姉妹の共通した実感だった。
手抜き工事という俗世の不正と、闇魔法使いという異界の悪意。二つの異なる闇が、トーマスという弱い存在を介して、一つの巨大な陰謀へと収束していく様子が、くっきりと浮かび上がった。
元マスコミ人である父、ハンスのマスコミ人脈への意図的な情報リークの結果は、まだ具体的な報道としては出てきていない。だが、今回のトーマスの証言という、劇的な情報が加わることで、報道における化学変化が起きることは、もはや必然と思われた。
技術、軍事、魔法、そして言論。ワーグナー家の持つ四つの力が、それぞれの分野から闇に切り込み始め、物語は、いよいよ核心へと向かおうとしていた。




