マリアの保護
マリア・ジョーンズは、教会の奥にある救護室の、清潔なベッドに静かに寝かされた。 眠ったまま宙を運ばれる女性の姿は、教会にいた信者たちの度肝を抜いた。その光景は、聖なる奇跡であると同時に、異界の出来事のようでもあった。
しかし、聖女カミラと、教会の正式な司祭であるシュミットが同行していることで、人々の騒ぎはすぐに収まった。「聖女様が携わることであるならば、何か深遠な理由があるのだろう」という、信仰に基づく許容が、この場を支配した。
今、マリアの枕もとには、司教、聖女カミラ、ラウラの三人が集まり、今日の異例の出来事と、今後の対応について重々しい相談がなされていた。
ラウラとカミラは、マリアに施されていた闇魔法による強力な呪いの性質を説明した。それは、一人の女性に対する個人的な悪意ではなく、組織的な口封じの証拠であること。そして、その術者が、マリアの命を狙って再び襲ってくるであろうという現実的な脅威を伝えた。
想像した通り、司教は軍警察への連絡にいい顔をしなかった。彼は、教区の自治と、教会の権威が、俗世の権力によって侵食されることを恐れていた。 だが、理性の声は、信仰の壁を突き破った。
マリアに施されていた闇魔法を扱う勢力が、この教会を襲ったとき、マリアを守り切る自信は、司教にもなかった。逆に、もし教会という聖域の中でマリアを殺されでもすれば、それは教会の歴史に刻まれる大きな汚点となることも、容易に想像できた。
信仰の威厳と、人命の安全、そして教会の評判を天秤にかけ、司教は苦渋の決断を下した。
「……やむを得まい。軍警察への通報を承諾する」
通報先は、最も信頼できる筋として、ラウラの兄、フリードリヒとすることに意見が一致した。
ラウラは、一刻の猶予もならないと判断し、制服姿のまま、教会の近隣にある軍警察の施設へと走った。彼女の心には、マリアの安全という絶対的な目的と、その先に待つであろう、トーマスの真実という希望の光があった。 残されたカミラは、すぐにマリアの健康状態を改めて確認し、静謐な儀式と共に、聖女の秘術である『聖女の加護』を施した。 その加護は、白い魔力の結界となって、マリアの身体を優しく包み込む。それは、通常の呪いや毒からは守られるはずの、強固な信仰の盾だった。
フリードリヒとの連絡は即座につき、状況の重大性を理解した彼は、マリアを迎えに、教会まで小隊を率いて来てくれることになった。彼の迅速な行動の裏には、妹ラウラの異常なまでの真剣さへの信頼と、一つの仮説があった。 (マリアの呪いが解かれ、安全が確保されれば――トーマスは、話すことがあるかも知れない)
トーマスを縛り、口を閉ざさせていた鎖は、母マリアの命の危険だったのだ。 軍の力と、聖女の力が結びつき、今、闇の術者に対する反撃の布陣が、静かに、しかし確固として敷かれようとしていた。




