表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/82

脱出

 マリア・ジョーンズ救出作戦は、黄昏時たそがれどきに決行された。


 認識阻害魔法は、光が弱まり影が濃くなるこの時間帯にこそ、その霧の濃度を増し、人々の知覚の網をすり抜ける。ラウラの判断は、極めて魔法使い的で、この町の日常の隙間を突くものだった。


 マリアは、回復魔法で深い眠りについていた。ラウラは、彼女の体を結界魔法で柔らかく包み込み、宙に浮かせる。そして、その結界ごと、認識阻害の霧を壁の内側の町全体に、まるで水墨画の霞のように、静かに染み込ませて広げた。


 町の中では、人々は変わらず話し、歩いている。彼らの瞳は、日常の光景しか捉えていない。 宙を漂いながら進むマリアの姿は、彼らの認識のフィルターを通り抜けることができず、ただの背景の揺らぎとして処理されているのだ。


 司祭のシュミットさんは、当初、その非現実的な光景と、軍の制服を着たラウラの大胆な行為に、かなりびくびくしていた。彼の顔は、教会の規律と、目の前の奇跡との間で揺れ動く信仰の困惑を映し出していた。


「本当に気づかれないんでしょうか」


 だが、無数の住人たちが、数メートル先を浮かんで進むマリアに全く気がつかないと分かった途端、司祭の態度があからさまに変化した。 彼は、途端に胸を張り、すたすたと歩き出した。その表情には、「私には、この聖なる計画が最初から見えていた」と言わんばかりの、信仰者の確信と、権威を取り戻した自信が混じり合っていた。


 ラウラは、その人間らしい、あからさまな変化に、思わず小さな笑い声を漏らしてしまった。この暗い町と、緊迫した状況の中で、司祭の滑稽な変貌だけが、一服の清涼剤となった。


 塀の中からマリアを連れ出した後、二人の意見はすぐに一致した。


「マリアは、教会に連れて行くのがよさそうだわ」


 そして、カミラは、聖女の秘術の一つである『聖女の加護』でマリアを守りながら、軍警察へ通報するのが最善だと提案した。この加護は、闇魔法に対抗する教会の最も強力な防御術である。


 司祭は、教会への避難に難色を示した。


「軍警察に通報するのは、司教様が許さない気がします。この教区の問題を、外部の権力に委ねるのは……」


 しかし、ラウラの代わりにカミラが、静かに、しかし容赦のない問いを投げかけた。


「司祭様。マリアさんの命は、このまま教区内に留めて、教会で保証できるでしょうか」


 司祭は、闇魔法使いの脅威と、教会の物理的な限界を天秤にかけ、力なく首を横に振った。


「それは……難しいでしょう」


 信仰の規範は、時に現実の暴力の前で無力となる。 この瞬間、聖なる力を持つカミラと、俗世の権威を知るラウラ、そして現実の壁に直面した司祭の間に、真実の救済のためには軍警察の介入が必要であるという、避けられない認識が共有された。 マリアは今、闇の術者から逃れるため、聖と俗、魔法と権力の交差点に立たされていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ