動かぬ証拠
クリスティーナの執務室の机の上には、紙の重みと現実の厳しさを併せ持つ証拠書類が置かれていた。 それは、次兄シュテファンの勤務する工房が、正式な社印を押して発行した、二種のボルトの鑑定証である。
擁壁が崩落した現場から回収された土留めのボルトの材質は、国が設計時に指定した、人々の命と安全を支えるべき堅牢な材質とは、全く異なる粗悪なものであることが、明瞭な文字で記されていた。
(手抜き工事だわ。それも、悪質な)
クリスティーナは、自身が信じる技術者の倫理と行政の正義に基づいて、この杜撰な不正を明るみにし、関係者を糾弾する鉄槌を下す準備に取り掛かれると思った矢先だった。 しかし、その正義の道は、突如として捻じ曲げられた。
トーマス・ジョーンズという魔法使いの犯人が現れ、擁壁の破壊は、人為的な魔法の暴走によるものとされ、手抜き工事の捜査は、あっさりと止まってしまったのだ。
「粗悪なボルト」という、動かぬ物証が手元にあるにもかかわらず、杜撰な手抜き工事という構造的な闇を解明できないこと。その事実は、クリスティーナの理性と情熱を、じりじりと焼くような苛立ちとなって、彼女の胸に蓄積していった。
彼女が日々携わる土木建設業界は、人々の生活を支える確固たる基盤であるべきだ。だが、その基盤の影には、私腹を肥やす者たちの濁った欲望が、深く根を張っているのかもしれない。
(この不正は、私の手に余るほどの、土木建設業界の闇に触れてしまったのかも)
彼女の背筋に、冷たい戦慄が走った。しかし、恐怖に屈する彼女ではない。
「不正は、正さなければならない」
その強い思いは、彼女の冷静な理性の奥底で、炎のように燃え上がった。ワーグナー家の長女として、真実と正義を愛する者として、彼女は立ち止まることを許さなかった。
クリスティーナは、自らの限界を知っていた。行政の内部で、この闇に切り込むには、彼女一人の力と立場では不十分だ。彼女には、この巨大な壁を打ち破るための、別の種類の力が必要だった。 彼女の思考は、自然と、元マスコミ人である父へと向かった。 父は、かつて言葉の力を武器に、世論という巨大な流れを動かした人間だ。彼の洞察力と、情報を世に問う術は、この閉ざされた闇を開く鍵となるだろう。
クリスティーナは、証拠書類を厳重に手に抱え、家族の絆と、真実への探究心を信じ、実家へと向かって歩き出した。 彼女の背後には、行政の壁と闇の組織の影が迫っていたが、彼女の顔は、戦いに挑む者の、決意の光を帯びていた。




