光が届かない街
早速、カミラが、本日の訪問の目的を切り出した。
「わが教区の信者であるトーマス・ジョーンズが、先般起きた土砂崩れの犯人として軍警察に拘留されているとか。彼は私たちの同級生だったのですが、そのような大それた悪事をなす人ではなかったので、司教様にお尋ねして、お話を伺おうと思いまして、本日はまいりました」
カミラの真摯な姿勢に、司教は深く頷き、嘆息するように語りだした。
「ジョーンズ母子は、我が教会の信者で、トーマスに洗礼を授けたのは私だよ。その子が罪を犯したというのは、残念な話だ」
司教の言葉は、個人的な悲しみと、教区の管理者としての責任感が混じり合っていた。
「トーマスの母親は、たしかマリアという名前だったかな。最近は顔を見ていないね。礼拝に来ていないかもしれないね」
その一言が、ラウラの胸にひっかかる。 トーマスが逮捕されてから、母のマリアは、教会という心のよりどころからも姿を消している――それは、トーマスの事件の闇が、母子家庭の静かな生活に、どれほど深く影を落としているのかを示唆していた。 真実を解き明かす鍵は、この教会と、姿を消した母親の間に隠されているのかもしれない。
カミラは、トーマスの沈黙の理由と、マリアの行方が、深く結びついていることを直感していた。彼女は、聖女としての義務感と、ラウラと共に真実を探ろうとする探究心を一つにして、司教に提案した。
「聖女として、ジョーンズ母子のことが気になります。特にマリアさんには、今こそ癒しが必要なのではないでしょうか。教会に来られないほど具合が悪いのでしたら、自宅を訪れて、癒して差し上げたいと思います」
その言葉は、純粋な信仰心に基づく救済の申し出に聞こえた。だが、ラウラは、カミラの意図を瞬時に読み取る。この申し出が通れば、マリアの居所が判明する。
司教は、カミラの献身に感銘を受けた様子だったが、ふと、カミラの隣に立つ陸軍の制服のラウラへと、意味ありげな目線を送った。教区の問題に、軍の人間が関わることへの潜在的な警戒が、その視線には含まれていた。 カミラは、その微かな揺らぎを見逃さなかった。
「この方は陸軍の制服を着てはいますが、仕事は回復職、妙なことは致しますまい」
カミラの言葉は、ラウラが軍の刃ではなく、癒しの手を持つ者であることを、司教に保証する意味を持っていた。 ラウラは、カミラの庇護に感謝しつつも、内心では冷徹な現実を認識していた。もし、マリアの話を聞いて、トーマスの動機が看過できないほどの犯罪に関連していると分かれば、軍警察に通報することは、彼女の責務となる。カミラの優しさとは裏腹に、ラウラの胸中には、国家の法という冷たい規律が潜んでいた。
司教は、少しの逡巡の後、カミラの願いを善意として受け入れた。
「それでは、マリアの住まいまで、司祭の一人に案内させましょう。あまり治安のいい所ではありませんので、男性がいた方が安全でしょう」
司教の配慮は、純粋な気遣いにも聞こえたが、同時に、教会が管理する土地への外部の者の立ち入りに対する、控えめな監視とも取れた。
ラウラは、それを聞いて、微かな笑みを浮かべた。 司祭が護衛役なのか、それとも監視役なのかは分からない。だが、攻撃魔法も使える自分と、教会育ちの聖女カミラの二人にとって、司祭一人くらいならば、「どうとでもなる」と、物騒なことを考えた。 彼女の心には、友の真実を探るためには、規律の境界線を、わずかに踏み越えることも辞さないという、魔女の血が疼き始めていた。
教会から歩くこと二十分。二人は、不自然な高さの塀で囲まれた町に辿り着いた。 塀の中の建物は、どれも粗末で小さく、押し込められるように密集している。塀の外と内では、空気そのものが異なる重さを持っているかのように感じられた。外の世界の秩序から切り離され、独自の影の掟で動いているような場所。
「マリアさんの家は、この一角の中にあります」
司祭のシュミットは、低く、慎重な声で告げた。 町の入口に、戸や門といった物理的な区切りはなかったが、一歩足を踏み入れた瞬間、空気がぎゅっと濃密になり、よそ者に対する警戒の視線という名の結界が張り巡らされるのをラウラは感じた。
彼女の着る軍の制服は、この街の住人たちにとって、権威であり、抑圧の象徴に他ならない。道行く人々は、彼女たちを警戒し、静かに目を背ける。 この閉ざされた場所では、権力とは、救済ではなく忌避されるべきものなのだ。
司祭は、近くにいた顔見知りの男に、小声で用件を伝え、すぐに二人に声を掛けた。
「さあ、行きましょう」
彼が指し示したのは、他の家々と何ら変わりない、朽ちかけた木造の小屋だった。
「ここが、マリア・ジョーンズの住まいです」
ラウラが「中に入ってもいいものでしょうか?」と、常識的な問いを投げかけるよりも早く、司祭は扉に声を掛けた。
「マリアさん、司祭のシュミットです。お客様をお連れしましたよ」
そして、返事を待つことなく、「どうぞお入りください」と二人に促す。
(返事を待たなくていいのかよ)
ラウラは、内心で戸惑いながらも、これがこの街の暗黙のルールなのだろうと思い直した。彼女は、恐る恐る小屋の入口から中へ身を滑り込ませた。
小屋の中は、薄暗く、竈と、最低限の調度が設えられているだけだった。 部屋の隅に置かれた粗末なベッドに、やせ細った一人の女性が横たわっていた。それが、トーマスの母、マリアだった。




