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教会

 カミラは、ラウラの絶望を察し、彼が見せなかった部分について、ふと思いついたように語り始めた。


「そういえば、彼の家は母子家庭であまり豊かな感じはしなかったね。それと、教会の熱心な信者で、親子二人で毎週末に教会に礼拝に来ていたのは見て知ってる」


 この、何気ない断片的な情報は、ラウラにとって、トーマスという闇の中に射した、初めての光の筋となった。 学校という限られた空間の外での彼の生活。それは、彼女の知るトーマスの輪郭を、わずかに変えた。


「彼の家は、私の家族が所属する教会と同じ地区にあったのね。多分、比較的貧しい人が多く暮らす地域の中だと思う。……そうか、教会の信者名簿に書いてあるかもしれない」


 カミラは、ラウラの顔に探究心の輝きが戻ってきたのを見て、頷いた。


「見せてくれる確率は低いけれども、今度の休みに行ってみようか。もしかしたら、教会の記録の中に、トーマスが抱えていた闇の手がかりが眠っているかもしれないものね」


 二人の視線は、目に見えない真実の行方を追い、静かに交差した。 トーマスが口を閉ざした動機は、彼自身ではなく、彼が属していた世界の中にこそ、その答えの根を張っているのかもしれない。 教会――それは、信仰と貧困、そして救済が交錯する、もう一つの人間世界の地図だった。


 週末の朝、信仰と貧困の匂いが混ざり合う教区を訪ねるため、ラウラとカミラは制服に身を包んだ。 カミラの着るミルクホワイトの聖女の服は、教会の中で救済の光を象徴する。一方、ラウラの陸軍病院の制服は、彼女が国家の秩序の中で活動する治癒魔法使いであることを示していた。


「少し改まって、『職務です』っていう感じを出した方が、教会では扱いが良くなると思うんだよね」


 カミラの意見は、この地が権威と秩序を重んじる場所であることを示唆していた。彼女の言葉には、長くこの教会に根付いて生きてきた者だけが知る、世俗的な知恵が含まれていた。


 教会に着くと、石畳の境内には、静かだが活気ある空気が満ちていた。


「おかえりなさい、聖女カミラ」


 あちこちからかけられる、親愛と尊敬の入り混じった声は、ここがカミラの揺るぎない居場所であることを如実に示していた。彼女は研究所という仮の宿にいるが、その魂の根は、常にこの教区の大地に張り巡らされているのだ。


「司教様はいらっしゃる?」


 カミラが尋ねると、教会のスタッフは、その特別な訪問者の存在を伝えるために、急いで奥へと駆けていった。 しばらくして戻ってきたスタッフに、ラウラは、公的な訪問者として自己紹介を述べる。


「私は陸軍病院で回復魔法を担当しているラウラと申します」


 二人は、教会の裏手にある瀟洒な建物、教会の事務棟とでも呼ぶべき場所に案内された。応接室で司教を待つ間、ラウラは改めてカミラに問いかけた。


「ここが、カミラの職場で、住まいだったのね」


 ラウラの言葉に、カミラはやけにはっきりと言い切った。


「今でもそうだよ。研究所はあくまで仮住まいよ、いずれここに戻る」


 その言葉には、俗世の科学と魔法の世界での活躍が、彼女にとってあくまで一時的なものであり、彼女の最終的な使命がこの教会にあるという、強い意志が込められていた。


 まもなく、好々爺然とした司教が現れた。その顔には、長い信仰の年月が刻んだ、温厚な皺が寄っているが、瞳の奥には、教区のすべてを見通すような鋭さも宿していた。


「おかえり、聖女カミラ。活躍ぶりは聞いているよ」


 司教は、次にラウラへと視線を移した。


「こちらは陸軍のラウラさんだね。回復魔法では我が聖女を凌駕するという評判だね」


 その言葉に、ラウラは慌てて、しかし本音で答えた。


「凌駕するなんてとんでもない。一緒に働いてよく分かっていますが、聖女カミラに比べれば、まだまだ修行が足りません」


 魔法の力には、技術だけでなく、魂の清らかさや信仰の深さが影響すると、ラウラは知っていた。カミラの治癒魔法が持つ温かさは、彼女がこの教区で築いてきた精神的な土台から生まれているのだ。

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