面会
軍警察の留置施設は、外界の音も光も遮断された、沈黙の檻のような場所だった。
軍警察の厳重な監視下、異例の面会が許されたという事実は、軍警察の取り調べが進展しないことに対しての焦りと、ラウラの真実を知りたいという情熱が、辛うじて勝ち取ったものだった。
鉄格子の向こう側、面会室の冷たい椅子に座るトーマス・ジョーンズの姿は、ラウラの知る彼ではなかった。
かつて、太陽のような輝きを放ち、周囲を圧倒する生の魔力に満ちていた彼の顔は、痩せこけ、その目には、すべてを諦めたような灰色の影が宿っている。 まるで、魂が身体から引き剥がされてしまった後の、抜け殻のようだった。 ラウラは、その変容に、心臓を鷲掴みにされたように驚き、息を呑んだ。
面会室に入る前、軍警察の捜査官は、冷徹な声で警告を与えた。
「魔法を使われると伺っておりますが、面会中は魔法禁止です。攻撃魔法はもとより、たとえ回復魔法の類であってもです」
ラウラは、ポケットの中で、掌に熱を帯びていた回復魔法の光を、そっと鎮め、頷いた。 彼女は、トーマスの苦痛を癒してやりたいと、本能的に願ってしまったのだ。だが、今は、この鉄の規律に従うしかない。
彼女はゆっくりと、鉄格子の向こうにいるかつての同級生と向かい合った。
「トーマス、あなたが本当に、工事現場の擁壁を破壊したの?」
ラウラの声は、努めて静かに、しかし真実の核を射抜くように響いた。 トーマスは、数瞬の長い沈黙の後、まるで石を吐き出すかのように、重々しい声で答えた。
「そうさ。……俺がやったんだ」
その認めた言葉には、一欠けらの後悔も、あるいは自嘲さえも感じられなかった。ただ、確定された事実としての響きがあるだけだ。 ラウラは、自身の内側に湧き上がる痛切な思いを、言葉に変えて問いかけた。
「私の知っているトーマスは、粗野なところはあったけれど、人に怪我をさせたり、無法なことをしたりする人ではなかった。何があなたを変えてしまったの?」
この問いは、トーマスという個人への問いであると同時に、世界に存在する理が、どうしてかくも容易く捻じ曲がってしまうのか、という魔法使いの根本的な疑問でもあった。 トーマスは、顔を上げようとせず、まるで遠い空を見上げるように、投げやりな言葉を返した。
「俺は俺、何も変わっちゃいない。……あんたが俺のことを知らなかったというだけさ」
それは、ラウラの友情も、信念も、すべてを否定し、突き放す言葉だった。彼が自ら引いた隔絶の線は、鉄格子のそれよりも、遥かに深く、冷たい。 ラウラは、全身の魔力が凍り付くような感覚に襲われながらも、彼の拒絶の裏に隠された秘密の重さを、感じ取らずにはいられなかった。
「あなたは理由もなくあんなことをするわけがないと、私は思っているの。何か本当のことを話せない理由があるなら、それでもいい。……でも、あなたの行為で私の姉は死ぬところだったのだから、あなたの行為の理由だけは、知りたかった」
ラウラの言葉は、祈りのようであり、責める刃のようでもあった。彼女は、彼の闇に引きずり込まれることを拒否し、光の道標を突きつけるように、理由を求めた。
しかし、トーマスはただ沈黙を守り、再び、口を閉ざした。彼の瞳は、もはや何も映していない。 ラウラは、これ以上、この場所に留まるべきではないと悟った。彼が自ら閉ざした扉を、彼女が無理にこじ開けることはできない。 その代わり、彼女の心の中には、真実を探し出すという、新たな、そして強固な決意が芽生えていた。
ラウラは静かに席を立ち、トーマスに一礼することなく、面会を終了させた。 鉄格子の向こうに残されたのは、変容した友人の影と、ラウラの胸の奥で、鈍く疼く、解決されない謎の重みだけだった。
面会を終え、重い足取りで先端医学研究所に戻ってきたラウラの背中には、まるで暗い影がまとわりついているようだった。 その顔は曇天のように晴れず、留置施設で感じた冷たい空気が、まだ彼女の肌に残っているかのようだった。
同僚のカミラは、その異様な気配にすぐに気づいた。 カミラは、彼女と同じ魔法学校で学んだ、純粋な光を持つ回復魔法使いだ。カミラは、ラウラの腕にそっと触れると、温かい生命の息吹のような魔法をかけた。
「あら、ラウラ。軍警察の冷たさが染み付いちゃったみたいね。ほら、これで少しはましになるから」
その回復魔法は、身体的な傷を癒すだけでなく、心に受けた寒さを優しく溶かす力を持っていた。ラウラは、カミラの無条件の優しさに、張りつめていた緊張を少し緩めた。
「軍警察でトーマス・ジョーンズに会ってきたの」
ラウラは、鉄格子を挟んでの虚しい対話について、カミラに語り聞かせた。 カミラは、その名を聞いて、遠い記憶を手繰り寄せるように目を細めた。
「トーマス・ジョーンズって、あの攻撃魔法大好きなトーマス・ジョーンズだったのね。いつも、大きな魔力をどこにぶつけようか、って目をしているような子だったけど、大それたことをやるようには見えなかったけどね」
カミラもまた、トーマスを知る人間としての違和感を共有していた。彼の魔法は豪快だったが、その心根は悪意に満ちてはいなかったはずだ。
「私もそう思っていて、何か理由があって擁壁に向かって攻撃魔法を放ったんじゃないかと思って聞きに行ったんだけど……何も話してくれなかった。私は友達だと思っていたけど、こうして向かい合うと、彼のことを何も知らなかったことに気づかされたわ」
ラウラの言葉は、深い戸惑いと自己への問いかけを含んでいた。自分が信じていた友人の本質が、いとも簡単に崩れ去ってしまったように感じられたのだ。




