トーマス・ジョーンズ
トーマス・ジョーンズ。 それは、ラウラが在籍していた魔法学校で、いつも元気に騒いでいたちょっと「俺様」な、同級生の顔だった。 攻撃魔法が大好きで防御魔法や回復魔法が苦手だった彼、魔法の実践は得意で座学は苦手だった彼について卒業して以来、ついぞその名前を思い出すこともなかったというのに、彼の名前は今、姉の命を奪いかけた『事件』の容疑者として、金属のように冷たい響きを持って彼女の目の前に現れた。
信じられない気持ちだった。あの土木の現場の闇、公共工事の奥底に潜む「黒幕」の存在、そして、姉の命を狙ったという重い罪。そんな大人の世界の深く濁った流れの末端に、つい最近まで同じ机を並べていた、あどけない少年の顔が結びつくなどと、どうして想像できただろう。
研究所の白い廊下、まばゆいばかりの陽光、そして魔法と医学の未来を論じた論文。そのすべてが一瞬にして遠のき、ラウラは、ひんやりとした壁の向こうに、自分を取り巻く世界が、複雑で、どこまでも恐ろしい別の相貌を隠し持っているのを感じるのだった。
軍警察にいるフリードリヒ兄さんにトーマス・ジョーンズに面会できないか聞くために、ラウラは軍警察を訪れた。
長兄フリードリヒのいる軍警察の詰め所は、冷たい石造りの壁と、規則正しい靴音だけが響く、静かで重い空気に満ちていた。ラウラは、まるで分厚い結界に守られているかのような、その場の威圧感に、微かに息を詰めた。
長兄のフリードリヒは、陸軍少尉の階級章を胸に、背筋をぴんと伸ばして立っていた。彼は、妹であるラウラの前でも、軍人としての硬質な鎧を脱ぐことはない。その眼差しは、いつも彼女を見守る優しい光を宿しているが、同時に、彼が背負う国家という巨大なものの影をも映し出していた。
ラウラは、ポケットの中で組んだ指先に、回復魔法の温かい光を込めるようにしながら、ゆっくりと口を開いた。 「兄さん、捕まったトーマス・ジョーンズは私の同級生かもしれないの。会って事情を聴くことはできないかしら」
「トーマス・ジョーンズ」の名を口にした瞬間、フリードリヒの表情に、一瞬の翳りが落ちた。それは、軍警察が扱う事件の深さと、それが妹の身近な存在に及んでいることへの、憂いのようなものだった。
トーマスはラウラと同じ魔法学校で三年間を過ごした同窓生だ。トーマスは攻撃魔法の天才でありながら、座学に苦労し、度々ラウラの助けを借りていた。彼が、今、軍警察の手に落ちているという事実が、ラウラには信じられなかった。
フリードリヒは、顎の線を硬くしながら、妹の願いを真っ直ぐに見つめ返す。 「ラウラ、まだ取り調べ中だから無理だと思うけど。面会はもう少し待てないかい。一応、打診はしておくけど、すぐに会えるとは思わないでおいて」
彼の声は、軍の規律という名の、揺るぎない鉄の壁のように響いた。彼の言葉に、ラウラは、胸の奥深くにわだかまる、言葉にできない違和感を、どうにかして伝えようと試みた。
「私の知っているトーマス・ジョーンズは、こんな事件を起こす奴じゃなかったの。……何か、事情がある気がして」
「何か事情がある」――その言葉は、単なる擁護ではない。ラウラにとって、この世界で起こる事件の多くは、表層的な罪や罰だけでは語り尽くせない、深い理が隠されていると信じていたからだ。魔法という特別な力を使う者たちの裏には、いつも、見えない世界の重力のようなものが働いている。
彼女の瞳には、かつて魔法学校で、誰も到達できないような鮮烈な「イメージ」で魔法を発動させていた、不器用で単純なトーマスの姿がよみがえっていた。あの、光のような才能を持つ彼が、なぜ、闇に囚われなければならないのか。その問いは、冷たい詰め所の空気の中で、静かに魔力を帯びていった。




