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浄化の魔法

「カミラ、感染症に有効な回復魔法はあるのかしら?」 ラウラは、カミラに尋ねた。


 カミラは、少し考え込むように首を傾げた。 「ああ、さっきハワード先生が言っていた件ね。感染症の原因は微生物だということは分かってきているけれど、微生物をイメージできないのよね……」


 彼女は続けた。 「でも、浄化という概念は使えそうな気がするわ。回復魔法の中には、毒素の浄化というものがあるの。毒を盛られたり、食中毒になったりした時に使う回復魔法ね。感染症の原因である微生物を、ある種の毒だとイメージできれば、浄化もしくは解毒という呪文が有効な気がする」


 そして、カミラはラウラに釘を刺した。 「体が発熱する原因も、感染症だけでなく多数あるから、決めつけないようにね」


 カミラの知識は、やはりすごいなとラウラは改めて感心した。聖女として培われてきた経験と、魔法に対する深い洞察力。二人の魔法使いは、それぞれの知識を合わせることで、また一つ、新しい魔法の可能性を探ろうとしていた。


 重篤な患者が減ったので、ラウラにも少し余裕ができた。時間があるときは、クリスティーナ姉さんの病室を訪ねては、何とはなしに回復魔法を掛けていた。クリスティーナは、ベッドでうとうとしていることが多かったが、目を覚ましているときもあった。


 そんな時、ラウラは「姉さん、体の具合はどう?」「尿はちゃんと出てる?」「食事は残さず食べている?」などと、うるさく聞いたものだから、「ラウラ、お前は私の母親か!」と姉に言われてしまったこともあった。


 姉によると、「尿の量は少しずつ増えていて、カミラ様によると腎臓の機能も半分くらいまで回復したということだよ。ハワード先生も、まもなく面会謝絶を解除できそうだと言ってくれたから、そうしたら家族に連絡をして」。


 ラウラは、姉の回復ぶりを聞きながら、自分はあまり役に立てていないなと、少し寂しく思った。カミラの力と、姉自身の生命力。その二つが、姉を回復へと導いているように感じられたからだ。


 それから少し経った日の午前中、ラウラは、白く磨き上げられた病棟の廊下で、家族の到着を待っていた。窓の外は、春の盛りを過ぎたばかりの、まぶしいほどの陽光があふれている。 姉クリスティーナに、ようやく退院の許可が下りたのだ。病院で内臓機能回復を待っても自宅療養しても大差はないだろうとのハワード医師の判断である。病院としてクリスティーナの警護に自信が無かったのかもしれない。


 やがて、父と母、そして長兄フリードリヒが、病室の戸口に現れた。母のインゲは、クリスティーナの顔を見るやいなや、まるで積年の雪が溶けるかのように、その場に立ちすくんでしまった。


「ああ、クリスティーナ……! 本当に、よかった……」 母は震える声で、クリスティーナの手を握りしめた。 「この子にもう一度、元気な顔で会えるなんて、二度と叶わないのじゃないかと、気が気でなかったわ」 その潤んだ瞳には、幾日も押し殺してきた不安と恐怖が浮かび、そして今、あたたかい水となって溢れ出そうとしていた。


 父は、口元に深く笑い皺を刻みながら、大きく頷いた。 「重篤な状態と聞いて、そりゃあ胸が締め付けられる思いだった。ラウラのことも病院のことも信頼していたが、やはり重い病状と聞いていたからな。こうして、クリスティーナが自分の足で立ち、元気に退院できることが、なんともうれしい」 父は、クリスティーナの背中を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく撫でた。


 兄のフリードリヒは、いつものようにぶっきらぼうだった。 「俺は、クリスティーナが死ぬようなやわな妹だとは思っていなかったから、べつだん心配はしなかったさ」 病室の壁に寄りかかりながら言った。しかし、その声がほんの少しだけ上ずっていること、そして、彼が誰よりも頻繁にラウラに連絡を取り、姉の病状を尋ねていたことは、ワーグナー家の間では周知の事実だった。


「それから、シュテファンもな、本当はここへ来たがっていたんだが、急ぎの仕事を師匠に頼まれて、どうにも動けないと言っていたよ」 フリードリヒは、そう付け加えると、小さな革張りの箱をラウラに差し出した。 「それで、ラウラに渡して欲しいと言って、これを預かってきた。杖と蛇と、六芒星だと言っていたが、お前のシンボルとしてふさわしいと思ったそうだ」


 ラウラが受け取った箱を開けると、そこには、真鍮のような鈍い光を放つ円形の飾りが収まっていた。細工は精緻で、確かにその意匠は、薬師の象徴である蛇の絡む杖と、魔法を司る星の形。ペンダントなのか、それとも胸に飾るメダルなのか、よく分からない大きさだったが、ラウラはそっとそれを掌に載せた。 「確かにこの大きさは、メダルみたいね」 独り言のように呟いた。遠く離れた場所でも、いつも自分のことを気にかけてくれる兄の優しさが、胸に染み入るようだった。


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