動物実験
表題の通り、物語の中で動物を使った実験的な魔法治療を施す場面が出てきます。ご注意ください。
数週間後、ラウラとカミラは、動物実験のために魔法で動物を治療する準備が整ったと、ハワード医師に伝えた。あとは実践あるのみだと。
麻酔で眠らされたサルが連れて来られ、カミラとラウラの目の前で、その片脚が切除された。 ハワード医師が指示を出す。 「魔法による脚の再生を試みてくれたまえ」
まずはカミラがサルの脚の再生を試みた。 「大丈夫、人の足と違いはないわ」 ラウラがそう励ます。しかし、サルの脚に対して、カミラの再生術はなかなかうまくいかないようだった。
「動物の脚を再生するのは、人よりも難しいわ……」 カミラが汗だくになって試みるが、遅々として進まない。
「交代」 ハワード医師が指示した。
ラウラが再生魔法を試みると、サルの脚が徐々に生えてきて、元に戻っていった。足先まで再生が進んだが、足先の構造が人と大きく違うサルの脚の裏や指について、ラウラは先ほど切り取られたサルの脚を見せて欲しいと要望した。
布を掛けられて別の台に置かれていた切除された脚が、ラウラの前に置かれる。ラウラはその脚をよく観察しながら、サルの脚を再生していった。
三十分ほどかけて、切り取られたサルの脚は、元に近い形で再生した。 麻酔を解かれたサルは、何が起こったのか分からない様子だったが、再生されたばかりの脚はまだうまく機能していないようで、体をぎこちなく動かしていた。
ハワード医師は再生そのものには感心していたが、慎重な姿勢を崩さない。 「リハビリの効果を見てから結論を出そう」
ラウラは、飼育担当者に伝えた。 「このサルはものすごく空腹なはずなので、十分な餌を与えてください」
その後、カミラは苦しそうに胸の内を語った。 「私は獣の再生はどうしてもできなかった。変なプライドは捨てようと思っていたのだけれども、聖なる回復魔法を獣に使うということが、どうしても心からは許せなかった」
ラウラは、カミラの気持ちを理解しようと、自分の心の内を説明した。 「私も猿の脚の再生と言われて、戸惑いはあったの。けれど、人でも猿でも命には変わりはない。しかもこの猿は、私たちの使命のために尊い犠牲になって脚を差し出してくれたのだから、元へ戻してあげるのが筋だと思い込むことにしたの」
彼女は続けた。 「人の体を再生するのに比べて、ものすごく魔力を消費したように思うわ。獣への魔法は、かなり難しいものなのかもしれない。記録に残しておいた方がいいね、きっと」
ハワード医師からは、脚を再生した猿はまだ不自然だが、檻の中で元気にしていること、再生後は餌の量がいつもの二倍になって、今でも餌を欲しがっていることを教えてくれた。 ラウラは、自分が脚を再生した猿に会いたいと思い、ハワード医師に頼んでおいた。
しばらくして、飼育係の人が二人を迎えに来たが、カミラは飼育室へ行くのを辞退した。ラウラは、自分が脚を再生した猿がどうなっているのか、興味津々だった。人であれば、再生で落ちた筋力を戻すためにリハビリ訓練中だが、猿の場合はリハビリなんて理解できないだろうから、どうなっているのか知りたかったのだ。
ラウラが飼育室に入ると、脚を再生した猿が彼女に気づいたようで、ラウラをじっと見つめてきた。ラウラは猿の気持ちは分からないが、敵意はなさそうだと思った。 ラウラが檻に近づくと、飼育係がラウラを止めた。 「危険ですから近づかないでください。猿は想像以上の腕力があり、掴まれると怪我をします」
しかし、檻の中の猿が格子越しに腕を伸ばし、ラウラの体に触れようとした。ラウラも思わず猿の指に触れてしまい、飼育係に体ごと檻から遠ざけられた。 「猿がラウラ様の指をちぎるなんて簡単なんです。不用意すぎます!」 きつく叱られた。
だが、猿と体が触れ合った瞬間、ラウラの心には、猿からの感謝の気持ちが確かに伝わってきた。言葉ではない、心が交わる一瞬だった。
獣舎から戻ってきたラウラは、カミラとハワード医師が待つ部屋へ急いだ。たった今経験した、動物との心の交流のようなものを報告したくてたまらなかったのだ。
「飼育係の人から危険だから近づかないように言われていたのですが、足を再生したお猿さんがじっと私を見つめてきて……。お猿さんが檻の中から伸ばしてきた指先と、私の指先がわずかに触れました。その瞬間、私の頭の中、いえ、心の中に、お猿さんの感情のようなものが流れ込んでくるという、不思議な体験をしたんです」
ハワード医師は興味深そうに聞いていたが、カミラは不機嫌な様子で話を聞いていた。 ハワード医師が尋ねた。 「その、お猿さんの感情はどんな感じだったんだい?」
ラウラは答えた。 「これは私の希望なのかもしれませんが、脚を治療されたことを感謝しているように思えたんです」
しかし、ハワード医師は懐疑的だった。 「あの猿は麻酔されて連れて来られて、麻酔下で脚を切断され、麻酔下で脚の再生魔法を受けている。脚を切られたことや再生されたことは、分からないと思うんだけどね」
カミラは、身の毛がよだつと言わんばかりに顔をしかめた。 「獣の気持ちが自分の中に入ってくるなんて、耐えられないわ」 ラウラは、カミラはきっとそう言うだろうと思っていた。
ラウラは、自分の戸惑いを隠さなかった。 「自分でも動物と心の交流があるなんて信じられませんし、今でもあれは何だったんだろうという気持ちです」
魔法という神秘と、科学という現実が交錯する場所で、ラウラはまた一つ、未知の体験をしたのだった。




