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シュミット医師の憂慮

 長兄のフリードリヒが、ラウラを陸軍病院に訪ねてきた。少尉の階級章をつけた彼の顔は、どこか複雑な表情をしていた。


「ラウラのことは、もう陸軍の誰もが知っているよ。これで足がもげても大丈夫だなんて言う奴もいて、兄として頭を抱えている」


 フリードリヒの言葉に、ラウラは少しうつむいた。 「私もやりすぎたと反省しているし、シュミット先生からは命令違反だと怒られるし、院長や軍医総監からも注意されたわ」


 すると、フリードリヒは少し笑って言った。 「任官してすぐに、総監から直接注意されるなんて、新記録だと思うぞ」


 冗談を言いながらも、彼の目は真剣だった。 「ところで、ラウラの今後をどう扱うかで、参謀本部にまで話が行っているらしい。聖女並みの回復魔法を使える者を、陸軍病院だけで独占するのはいいのか、陸軍全体の財産にしようという話らしいんだ」


 ラウラは、その言葉に思わず反発した。 「私の体は一つしかないのよ。あっちもこっちも面倒は見きれないわ。それに、私の魔法は回復魔法だけじゃない。攻撃もできるし、防御もできる。『聖女』になりたくないから軍に来たのに、失敗だったかな、私……」


 彼女の言葉は、悲しみと苛立ちが混じったものだった。自由な魔法使いでいたかったラウラの願いは、知らず知らずのうちに、大きな組織の思惑に絡め取られようとしていた。


 シュミット医師は、ラウラを持て余していた。 正確には、彼女の中にたゆたう、どうにもならぬ「力」を持て余していた。


 病院長から「外科の助手を付けてやる」と言われたとき、シュミットは、ただ人手が足りぬという現状が解消されることに安堵した。まともな教育を受けた若者なら、一から教えれば、いずれ戦力となるだろう。その程度の軽い期待しかなかったのだ。


 だが、来てみればどうだ。ラウラと名乗ったその少女は、どこからどう見ても、ただの外科助手ではなかった。 彼女の指先が触れた患者は、驚くべき速さで傷を閉じる。発熱に苦しむ病人の額を軽く撫でれば、熱は露と消える。その手つきは、外科医の知識や経験に裏打ちされたものとは全く異質な、根源的な、とんでもない「魔法」だった。


「私の手に余る」


 シュミットは何度も心の内でつぶやく。病院長どころか、噂を聞きつけた軍医総監までもが興味を示すような稀有な逸材。そんな子を任されても、ベテランの外科医である自分に、いったい何ができるというのか。


 本当に、この類まれなる才能を、外科の雑用、それも消毒液を替えたり、包帯を巻いたりといった下働きに使わせ続けていいのだろうか。その疑問は、日を追うごとに胸の奥で重みを増していった。


 しかし、今はまだ、そうするしかない。 シュミットは、何をしでかすか分からぬ魔法使いの手綱を握っていなければ、と自分に言い聞かせた。


「取敢えずは、病室の衛生管理と、患者のバイタルチェックを欠かさぬように」


 そう言って、ラウラに日々の仕事を与え続ける。それは、彼女の「力」が暴走せぬよう、ひとまず足元を固めておくための、シュミット医師が編み出した、苦肉の策だった。 静かに見張る。勝手に「魔法治療」などせぬよう、厳しく目を光らせておく。


 いつか、この強大な「力」が、正しく世界のために使われる日が来ることを願いながら、シュミットは、今日も、自分の手に余る助手を、目の届くところに置いておくしかなかった。


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