水辺の埴輪
近所の散歩道に、埴輪があるんですよ。
はいそうです、その埴輪。
その散歩道は川が隣にあって、向こう岸にはまた散歩道があるんです、つまり川を挟むような形ですね。
それで、その散歩道にさっき言った埴輪があるんです。昼間に見るとなんて事ない、むしろちょっと愛嬌がある奴らなんですけど、夜がダメなんです。
怖いんです、見てるとどうしようもなくゾクゾクして、脳に焼きついちゃって、通り掛かる度に見ちゃって………
すいません、これは単に私がビビりってだけですよね。
でもそういう、直感で感じる恐怖っていうか、「あ、こいつは何か"マズい"ぞ」っていう感覚は大事にした方が良いですよ。人間だって生物なんですから、本能っていうのがあるじゃないですか。その本能が「マズい」と感じるものは本当にダメなんです、怖いってのはイコールで危険なんですよ。
……すいません、逸れました。
私はその埴輪に、"ソレ"を感じたんです。なんかヤダ、怖い、気持ち悪い、助けて、帰りたい……言語化するとそんな感じの気持ちですけど、やっぱりあれはもっと原始的な……イデア的な恐怖だった気がしてます。
ええっと、"ソレ"を感じたのが一ヶ月くらい前……夜にコーヒー飲んじゃって眠れなかったんです、その時。
それで体でも動かそうって、散歩して。散歩するんだから、当然散歩道を通って。
そしたら首筋の毛が……ふわふわするんです、気持ちよくて優しいふわふわじゃなくて、嘲られてるみたいで不快なふわふわ……クッションじゃなくて毛虫のふわふわです。
なんか嫌だなって、スマホのライトをつけました……つけなきゃ良かったのにつけちゃいました……
そしたら埴輪があるんです。
不気味でした。
真顔なら、まだ「気取っちゃって」とか「神妙な事で」とか、そういう方向に思考を持ってけたんですけど、でもダメでした。
笑ってるんです、その埴輪。
笑うってズルくないですか?なんかそれだけで"勝った感"っていうか、問答無用でこっちが"下"っていうか。
本来攻撃的な意味の仕草じゃないですか……いや、本来って言葉が、実情は違う時に使われるものなのは認めますよ。
でもあの埴輪は絶対、攻撃的な意味で笑ってました。
だって笑われてるんですよ今も。
クスクス笑ってるんです、聞こえてるんですよ絶対、あなたは聞こえないかもしれませんよ?皆聞こえないって言いますもん、でも私は聞こえてるんです。
……良いです、もう、実際に見た方が早いですよ。
ほら早く靴履いて下さい、今だけですよヘラヘラできるの。
黙って歩くのも怖いんで説明してあげますけどね、埴輪って本来お墓に置くんですよ?
川の近くに、埴輪があるんです。
そうなったら想像しちゃうじゃないですか、川で何があったか。
笑い声聞こえるって言いましたよね?
その笑い声、ちょっと泡みたいな物が聞こえるんですよ。
クスクスした声の裏で、ちょっとコポコポ言ってるんです。
あ、着きましたよ。
……ね?不気味でしょう。
うう、やな音。
やだなぁ、本当に。
すみません連れてきて。
…………ごめんなさい、誰か人の声がないと怖いから、勝手に喋りますね。
私、調べたんですよ。だって気になるじゃないですか。
あの埴輪、地域の催しで作られたらしいです。
その川、別に誰も溺れてませんでした。
だからこの、裏でコポコポ言ってる笑い声、別に溺死した人のものとかじゃないんです。
本当にごめんなさい、でも、せめて理由があって欲しいんです。
だっておかしいじゃないですか、誰か死んでないと。
ごめんなさい。
(次のニュースです、A県K市の河川で20代男性の死体が発見されました。現場の状況によると後ろから誰かに突き飛ばされたと見られ、警察は事故ではなく事件の可能性が高いと……)