シーン4
塹壕の薄暗い奥。ポール・バウマーは、土嚢の隙間から外の様子を覗っていた。彼の顔は煤と泥で汚れ、瞳には極度の緊張と恐怖が宿っている。指揮官の怒鳴り声が響き渡る。
「外へ!」
その命令は、死への誘いだった。
兵士たちが次々と、塹壕の縁によじ登り始める。ポールもまた、重い体を泥の中から引き上げた。足元は粘りつく泥で滑り、ブーツが抜けそうになる。だが、止まることは許されない。
「止まるな!」
「足を止めるな!」
後ろから、仲間たちの叫び声が聞こえる。彼らの顔もまた、血走った目で前を見据えている。
ズガァァァンッ!
巨大な爆発が起こり、地面が揺れる。泥と土砂が噴き上がり、兵士たちが吹き飛ばされる。ポールは、爆風に煽られながらも、必死に前へ進む。肺は酸素を求めて悲鳴を上げ、全身の筋肉が軋む。
彼は腰に下げた手榴弾の一つを引き抜き、ピンを抜いた。冷たい金属の感触が、彼の神経を研ぎ澄ませる。
「手榴弾を投げながら前に進む「パウル」」
彼は低い姿勢で泥の中を這うように走り、狙いを定めて手榴弾を放った。投げられた手榴弾は、黒い影となって白い煙の中へと消えていく。数秒後、炸裂音が響き渡り、前方にいた敵兵が吹き飛ばされるのが見えた。
銃声が嵐のように降り注ぐ中、ポールは地面に伏せ、再び手榴弾を手に取る。彼の周囲では、仲間たちが次々と倒れていく。悲鳴と断末魔の叫びが、彼の耳を聾する。
泥水の中で、彼は這いつくばるように前へ進んだ。その視線の先には、かろうじて敵の塹壕の影が見える。そこまで辿り着けば、まだ生き残れるかもしれない。そんな、かすかな希望だけが、彼を突き動かしていた。
銃弾が土を穿ち、泥水が跳ねる。彼のすぐ隣にいた兵士が、頭を撃ち抜かれ、泥の中に顔から突っ込んだ。その体は、ピクリとも動かない。ポールは、一瞥もせず、ただ前へと進んだ。感情に浸る余裕など、この地にはない。あるのはただ、生き残るための本能的な衝動だけだ。
彼は、再び手榴弾を投げ、そしてまた泥の中を這う。この終わりの見えない突撃で、どれだけの命が散っていくのか。しかし、彼らに選択肢はない。止まれば、死。進めば、生か死か。