シーン3
「努力は報われる」
誰かが、乾いた声で呟いた。それは、この戦場で最も空虚な言葉の一つだった。報われた者など、どこにいる? 勝利の兆しはどこにも見えない。あるのはただ、死と破壊の無限ループだけだ。
泥濘の中に掘られた塹壕には、兵士たちがひしめき合っていた。水たまりが至る所にでき、その水面には、まるで生きた心地がしない彼らの顔が歪んで映る。古びた缶詰を開けている者、虚ろな目で一点を見つめている者。誰もが死と隣り合わせの生活に慣れきってしまい、感情の起伏すら失っていた。
「時間がないんだから手を止めるな」
泥だらけの顔の指揮官が、兵士たちを怒鳴りつける。その顔もまた、疲労困憊で憔悴しきっていた。顔にこびりついた泥と、目に隈取られた絶望が、彼の言葉の重みを増幅させる。時間が、ない。それは、次の攻撃がいつ来るかも分からない、いつ自分が命を落とすかも分からない、この戦場の最も本質的な恐怖を言い表していた。
ポールは、そんな指揮官の言葉を聞き流すかのように、ただ黙々と、泥の中に横たわる死者の遺体に向かって歩いていた。彼の足元には、無数の骸が横たわっている。顔は判別できないほどに泥まみれになり、制服は血で真っ黒に染まっている。腕は不自然な方向に折れ曲がり、肉片が剥き出しになっている箇所すらあった。
ポールは、腰をかがめ、一人の死者の首元に手を伸ばした。彼の指先が、冷たくなった肌に触れる。そこに目的の物があった。兵士が身につけていた認識票、通称「ドッグタグ」。それは、兵士の命の証であり、死後、彼が誰であったかを識別するための唯一の手がかりだった。
泥と血で汚れた認識票を手に取り、ポールはそれを自身のポケットに収めた。この作業を何十回繰り返しただろうか。一つ一つの認識票が、かつて生きていた人間の証であり、彼が失った仲間たちの記憶を呼び起こす。そのたびに、彼の心臓を冷たい手が掴むようだった。しかし、感情に浸る時間などない。生き残った彼らに課せられた、唯一の任務だった。
視線を上げると、遠くまで続く塹壕の壁が目に飛び込んできた。木材と土嚢で補強されただけの簡素な壁は、しかし、彼らを砲弾の嵐から守る唯一の盾だった。壁の向こうには、敵の陣地が広がり、そしてその手前には、誰もが「無人地帯」と呼ぶ死の空間が広がっている。そこには、数え切れないほどの死体が積み重なり、腐臭が辺り一面に漂っていた。
彼の耳には、まだあの空虚な言葉が響いている。「努力は報われる」。彼は知っている。この戦場では、報われる努力など何一つないことを。あるのは、ただ、生き残ることだけ。