シーン1
1918年、フランス、西部戦線。鉛色の空が重く垂れ込め、大地は泥と硝煙の匂いに満ちていた。数日前の激しい砲撃戦と突撃で、戦線は文字通り血と肉で塗られていた。生き残った兵士たちは、再び最前線に送り返され、崩壊寸前の塹壕に身を潜めていた。
ポール・バウマーは、頭に重いヘルメットを被り、肩に銃を担いで、先頭に立つ兵士の背中を追っていた。彼らは狭い塹壕の通路を、泥濘に足を取られながら進む。周囲には、土嚢と木の板で補強されただけの脆弱な壁が続く。頭上には、有刺鉄線の網が広がり、空を覆い隠すかのようだ。
「ここが新たな家だ。ヘルメットを脱げ。」
前方にいた古参兵の一人が、低い声で指示を出した。その言葉に、ポールはヘルメットを外し、硬直した顔を露わにする。まだ少年兵の面影を残す彼の顔には、疲労と、まだ拭い去れない恐怖の色が混じり合っていた。
他の兵士たちも、息をつく間もなく作業を開始する。彼らの目の前には、泥と瓦礫が散乱し、放置されたスコップやツルハシが転がっている。
「濡れるぞ!塹壕から水を出せ!」
誰かが叫んだ。足元を見れば、泥水が踝まで浸かっている。それは、この戦場の日常だった。雨が降れば泥濘となり、凍えれば氷と化す。常に湿気と悪臭に満ちたこの場所で、彼らは生き延びなければならなかった。
ポールもまた、言われるがままに作業に取りかかった。スコップを手に取り、泥水を掻き出す。その動作は、まるで感情を失った機械のようだった。初陣の興奮は既に消え失せ、残ったのはただ、生き残るための本能的な行動だけだ。
泥だらけの手でスコップを握る。その感覚すらも麻痺していく。彼の隣にいた若い兵士が、急に顔を青ざめさせ、震え始めた。
「両手の感覚がないよ…」
彼は弱々しい声で呟き、自らの両手を見つめる。兵士の指先は、冷たさで白く変色していた。寒さと湿気、そして極度の緊張が、彼の体を蝕んでいたのだ。
「こんな目に遭うとは…」
別の兵士が、自嘲気味に呟いた。彼らの誰もが、輝かしい英雄になることを夢見て戦場に足を踏み入れたはずだ。だが、現実は、泥と血と、そして絶え間ない苦痛しかなかった。