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72.届けたい甘さと、動き出す準備

 朝の調理スペースに、かすかに湯気の立ち上る音が響いていた。

 静けさの中、ユースは棚の奥からボウルと計量器を取り出し、黙々と粉を量っていた。


「……やっぱり、精製度が全然違うな」


 昨日市場で手に入れた甘味料を指先でつまんで、ユースは小さく首をひねる。

 白砂糖とは程遠い。けれど、この味を再現するために、何かを始めなきゃいけない。そう思っていた矢先だった。


「お、朝から熱心だな」


 背後から低い声がかかった。

 振り返れば、ミランがエプロン姿のまま立っていた。相変わらず無愛想だが、視線は興味を示している。


「あ、ミラン先輩。……ちょっと、昨日の続きを」


「ふぅん。昨日のスイーツか?」


「それもありますけど……実は、前に村で作った“白砂糖”を、王都でも作れないかって考えてて」


 ミランの眉がぴくりと動く。


「白砂糖?」


 ミランの言葉に、ユースは笑みを浮かべてうなずいた。


「王都でも、白砂糖を再現できないかと思って……村で作ったときは、サトウキビを搾るために圧搾機を使ってたんです。ベックさん――フィリアのお父さんが作ってくれたやつですけど」


「なるほどな……圧搾機、か」


 ミランは黙ってユースの手元を見ていたが、やがて小さくうなずいた。


「部品の一部なら、王都でも手に入るかもな。今度、工具屋に付き合ってやるよ。寸法と必要な素材、まとめとけ」


「……ありがとうございます!」


 ユースの胸に、ぽっと明かりが灯ったような気がした。


 ――よし、これで一歩進める。




 そしてその日の昼休み、仲間たちにその話をしたときだった。


「なるほど、それで圧搾機の準備を?」


 昼食を囲むテーブルで、ユースの説明に耳を傾けていた仲間たちが、次々に反応を返す。


「寸法図なら、僕も手伝えるかもしれません。製図は得意ですから」


 そう申し出たのはカミル。丁寧に器用な手つきでフォークを持つ彼は、まるでそれが日常の延長のように口にする。


「お父さんに手紙書かなきゃね! 図と構造、ちゃんと説明すれば、絶対面白がって作ってくれると思うよ!」


 フィリアがにっこりと笑いながら、手を軽く握って見せる。


「素材の調達なら、グラシア家の工房にも聞いてみるわ。質のいい鋼材が揃ってるから、使えるものもあるはず」


 クラリスの瞳は真っ直ぐにユースを見る。その姿勢は頼もしく、どこか楽しそうでもある。


「ふふっ、必要ならラウディア家の流通網を調べさせていただくわ。王都での素材調達も、私に任せてくれていいのよ?」


 アリシアはどこか楽しげに、けれど誇らしげに微笑んだ。


 仲間たちは、思い思いのやり方で――でも確かに、ユースの背を押してくれる。

 そのことが、何よりも嬉しかった。


---


 夕方、ユースとフィリアは寮の談話室にこもっていた。

 広げた紙の上には、ユースが書き起こした圧搾機の構造メモ。横から覗き込むフィリアの目も真剣そのものだ。


「このへん、前のと違って横幅を抑えたほうがいいかも。王都の厨房って、あんまり広くないし」


「うん、それいいね。お父さん、そういうの喜んで考えると思う。あ、でも出力のギアの数は減らさない方がいいよ、前に“最低でも三段はないと詰まる”って言ってたから」


「覚えてたのか、それ」


「当たり前でしょ? あれ、ユースがすごく楽しそうに見てたから」


 フィリアはにっと笑って、封筒を手に取った。


「じゃあ、これでベックさん宛てに送ろう。できれば早く届いてほしいな」


「うん。……王都でも、あの味を再現できる日が来るかもしれない」


 その言葉に、フィリアは「うんっ」と明るくうなずいた。


 小さな調理机の上、希望の光が宿った紙の束が封筒に包まれていく。


---


 その夜、ユースはベッドに横たわりながら天井を見つめていた。


 心の中に浮かぶのは、スイーツを食べた仲間たちの顔。


 クラリスの驚いたような笑顔。アリシアの誇らしげな目元。

 フィリアのはじけるような喜び。カミルの照れたような称賛。


(おいしいものって……やっぱり、人を笑顔にできるんだ)


 だから自分は、また一歩進む。

 その甘さを、もっと遠くまで届けるために。

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