68.焼きりんごとハーブチキンと、笑顔の食卓
放課後の買い出しを終えたユースたちは、食材を抱えて共同調理スペースへと戻ってきた。
「りんごは芯をくり抜いて、……あ、フィリア、火加減お願い」
「了解っ! このくらいの炎でいい?」
「うん、完璧」
加熱炉の上でじんわりと香ばしく焼かれていくりんご。その甘くとろけるような香りに、クラリスが思わず鼻を近づけて深呼吸した。
「……まるで、花の蜜のような香りね」その様子にアリシアが「香りだけでご飯が食べられそう」と笑えば、皆の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
一方、ユースはもう一つの主役――“ハーブチキンの香草ロースト”の準備に取りかかっていた。「さっき買ったハーブは刻んで、チキンにすりこんで……オリーブオイルとスパイスでマリネ。焼くときは、ちょっとだけ火属性の魔法で皮をパリっとさせたいな」
「それなら任せてっ! いい感じに外をカリカリにしてあげる!」とフィリアが自信たっぷりに火力調整を行い、チキンがじわじわと焼き上がっていく。香草の香りとともに立ちのぼる湯気が、空腹をそそった。
さらにユースは、魚介のスープも用意していた。白身魚の切り身と貝、それに香味野菜をたっぷり使い、やさしく煮込んだそのスープは、シンプルながらもしっかりと出汁の深みがあり、体の内側からじんわりと温まりそうな味わいだった。それはまさに昨日ミラン先輩が作っていたスープのように、甘みがなくとも満ち足りた風味を感じさせるもので――ユースは改めて、“スパイスの力”を思い出していた。
そんな香りに満ちた空間の中、不意に扉が開いた。
「……おい、またすげえ匂いしてるな」
エプロン姿のまま現れたのは、ミラン。無言のまま調理台を眺め、やがてぽつりと呟く。
「チキンの焼き加減……うまくやったな。あのスパイスの使い方、素人じゃねえ。火の入りも、……完璧だ」
「わっ、ミラン先輩。こんばんは」
「こんばんは。これ、ユースが考えたのか? まさかこの組み合わせまで思いつくとは……」
やや感心したような声色ながら、表情はいつもどおりのぶっきらぼう。その態度に慣れてきた皆は、むしろ自然なやり取りとして受け入れていた。
「そろそろ、できそうだよ。よかったら一緒に食べませんか?」
「……まあ、俺も味見くらいならしてやるよ」
そんなミランが席に着いたちょうどそのとき、もう一人の影が扉をそっと開ける。
「こんばんは。ちょっと遅れました……」
美術部の活動を終えたカミルだった。申し訳なさそうに顔を出すと、フィリアがぱっと笑顔になる。
「お疲れさま、カミルくん。間に合ってよかった!」
「フィリアにも言われたし、せっかく誘ってもらったから……でも、こんなにすごい料理だなんて聞いてなかったよ」
机の上には、芳ばしく焼き上がったハーブチキンと、黄金色に輝く焼きりんご。香草の香りとスパイスが絶妙に混じった温かな魚介スープが並んでいる。
「じゃあ、さっそく食べようか」とユースが声をかけ、全員が揃って食べ始めた。
一口食べて、まず驚きの声を上げたのはカミルだった。
「……っ、おいしい。口の中に広がる香りが……すごく繊細なのに、しっかりしてる……!」
「おおげさじゃなくてよ?」とアリシアが微笑むも、自らもチキンを口にした瞬間、目を見開く。「おいしい……! お肉がやわらかいのに、表面がパリッとしてて香りもすごいの!」
「魚介のスープも、だしの深みが絶妙ね。これ、どんな技術なのかしら……」とクラリスが唸るように言い、フィリアは焼きりんごにかぶりつきながら満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりユースの料理、最高! 甘くて、とろけて、幸せって感じ!」
「……おまえら、騒ぎすぎだ」とぼやきながらも、ミランは焼きりんごをじっと見つめ、静かにナイフを入れた。そして一口食べた瞬間、その表情がわずかに――ほんの少しだけ緩んだ。
「……こいつは、いい。よく火を通してるな。甘さと香りが、りんごとよく馴染んでる。」
ぽつぽつとしたその褒め言葉に、ユースは嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます、ミラン先輩。明日からも、またがんばりますね」
その日の晩、共同調理スペースには、いくつもの笑顔と香りが満ちていた。料理を囲む食卓。仲間とともに食べるご飯は、何よりもあたたかく、幸せな時間だった。そしてユースは、心の中でそっと決める。
(……明日は、もっと新しいものに挑戦してみよう)
王都での新しい日々。小さな鍋から始まる幸せは、確かに彼の周りに広がっていた――。