6.別れと、春への約束
村の収穫祭も終わり、アウス村には冬の足音が近づいていた。
行商人ガルドと、冒険者パーティー「疾風の翼」の面々は、村に滞在している間、ユースやフィリアにさまざまなことを教えてくれた。
収穫後の時間を利用して、ユースは護身用の剣術を、フィリアは魔力のコントロール方法を習っていた。
「いいか、構えは腰を落として、力を一点に集めるんだ。はい、もう一度」
レオンの指導は厳しいが的確だった。
一方、フィリアはエルナに魔力の流し方やコントロールのコツを教えてもらっていた。
「魔力は感情に左右されやすいから、呼吸を整えることが先決よ。焦らないで、深く吸って……そう、それでいいわ」
「うん……すごく落ち着く」
エルナの落ち着いた声に導かれながら、フィリアの魔力は安定しつつあった。
その様子を見ていたミーナが、木の枝に座って陽気に笑う。
「いや~、フィリアちゃん、筋がいいね! 他の新人より覚え早いかも? 魔法と弓、どっち向きかな~って考えちゃうね~♪」
「えっ、ミーナさんに弓も教わってみたいかも……!」
「よーし、じゃあ次は弓の体験コーナーねっ☆」
彼女は相変わらずのノリの軽さで、雰囲気を和ませていた。
カイルはというと、いつものように静かにユースの訓練を見守っていた。
構えが崩れた瞬間に、黙って近づき、手を添えて修正する。
「……重心、右に寄ってる」
「ありがとう、カイルさん」
彼の行動には言葉が少ない分、信頼と優しさが込められていた。
そんな穏やかな日々も、あっという間に過ぎていった。
ついに、ガルドたちが王都へ戻る日がやってきた。
荷積みが終わり、ユースとフィリアは見送りに来ていた。
「ううー、王都の干し肉生活に逆戻りか~! ユースくんのご飯ロス、確定だよ~」
ミーナが馬車の脇で派手に転がりながら叫ぶ。
「いつまでも甘えてられないでしょう」
エルナが冷静に制止するが、その手にはユース特製のクッキーがしっかりと握られていた。
カイルは黙っていたが、馬車に乗る直前、ユースのもとへ歩み寄ると、ぼそりとつぶやく。
「……あのクッキー、好きだった。……ありがとう」
「……うん。また作るね」
ミーナが聞き逃さずに目を丸くする。
「えっ!? 今の……カイルがスイーツの感想言った!? ねえエルナ、奇跡ってあるんだね!?」
「落ち着きなさい。気持ちは分かるけど、興奮しすぎよ」
エルナは口元をわずかにほころばせながら、ミーナをたしなめた。
ガルドが笑いながら頭をかく。
「はは、俺も急がねぇとな。王都の嫁さんに砂糖持って帰るのが遅れたら、目がマジで怖ぇからな……」
「それは……お気の毒です」
ユースが苦笑いをしつつ、荷物から小さな包みを取り出し、みんなに差し出す。
「これ……白砂糖で作ったクッキーと、りんごのジャムです。王都でも、少しでも楽しんでもらえたらって」
「うわ~! ユースくん、神っ! ありがと~!」
「助かるわ。疲れた夜に、これがあるだけで全然違うもの」
ミーナが手を振り回して喜び、エルナは丁寧に礼を言う。
カイルも無言のまま、包みを受け取り、深く一礼してから背負い袋にしまった。
「春にはまたここに戻ってくる」
レオンがユースに向かって手を差し出す。
「そのときは、今度こそ一緒に王都まで行こうぜ」
「……うん。俺たちも、準備しておくよ」
ユースがしっかりとその手を握り返す。
「楽しみにしてるわ」
エルナとミーナも笑顔で手を振り、馬車の足場に乗り込む。
こうして、馬車はゆっくりと村を離れていった。
その姿が森の向こうに消えるまで、ユースとフィリアはしばらく見つめていた。
「春……か」
ユースがぽつりと呟く。
「王都って、どんなところなんだろうね」
フィリアが小さく笑う。
「まだ知らないこと、見たことない景色、いっぱいあるんだろうな」
ユースはその言葉に、どこかワクワクしたような気持ちを感じていた。
「剣の練習も、魔法の制御も、もっと頑張らなきゃね」
フィリアがポーチをぎゅっと握る。
「それと……新作レシピも考えないとな。旅先でも作れるようなやつ」
ユースが笑うと、フィリアも嬉しそうに頷いた。






