51.貴族令嬢と氷の挨拶
※しばらく更新が途切れてしまったことについて、お詫びとご報告です。
実はここ数日、高熱で体調を崩してしまい、投稿をお休みさせていただいておりました。
楽しみにしてくださっていた皆さまには、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。
まだ本調子とはいえませんが、少しずつ回復してきたため、ゆっくりではありますが更新を再開させていただきます。
今後とも無理のない範囲で続けてまいりますので、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです!
魔力の余韻が空気にわずかに残っている中、ユースは試験会場の中央からゆっくりと戻ってきた。
「ユース、すごかったね!」
駆け寄ってきたフィリアが、ぱっと笑顔を向ける。
「皆、あんなに驚いてたよ。試験官の人、目を見開いてたし!」
「うん、まあ……ちょっとやりすぎたかも」
ユースは頭をかきながら苦笑した。
周囲の視線が未だにこちらへ向けられているのを感じると、どうにも落ち着かない。
「でも、あれだけはっきり見せたら、きっと大丈夫だよ。ね!」
フィリアの励ましに、ユースは小さくうなずいた。
その時――
「……あら、あなたたち、お久しぶりですね」
凛とした声とともに、涼やかな気配が近づいてきた。
整えられた銀色の髪、澄んだブルーの瞳。丁寧な所作でスカートを持ち上げると、クラリス・グラシアは優雅に一礼した。
「クラリスさん!」
フィリアが驚きの声を上げる。
「クラリスさんも、試験を受けに来たんだね?」
ユースも軽く会釈を返す。
クラリスはうなずき、ふっと小さく微笑んだ。
「ええ、一応というところですわ。実のところ、私のような家柄であれば――試験は、形式的なものでしてよ」
「……そっか」
ユースは曖昧に笑った。
確かに、名門グラシア子爵家ともなれば、学園側もほぼ受け入れ前提なのだろう。
「なんだか、ズルいなあ……」
フィリアがぽそっとつぶやくと、クラリスは少しだけ口元をゆるめた。
「まあ、それが“身分”というものですわ。でも、試験を受けるからには、それなりのことはいたしますけれど」
その言葉に、ユースはなんとも言えない苦笑を浮かべた。
特別扱いがある世界で、それを当然として受け入れている姿。
けれどどこか、彼女なりに誇りと責任を持っているようにも感じた。
「そういえば――」
クラリスがふと思い出したように言葉を継ぐ。
「アリシア王女も、今年から正式に入学されると伺いましたわ。国王陛下の方針で、王族の教育を民と同じ場で、と」
「……そっか。じゃあ、入学したら王女様と同じクラスかも……」
ユースは困ったように笑った。
王女、貴族、そして田舎の村人。すごい取り合わせだ。
「本当ににぎやかになりそうだね」
フィリアも笑うが、その瞳には少し不安が滲んでいた。
そんな中、クラリスがふいに少し真剣な顔を見せる。
「それで、ユースさん。ひとつ……お願いがありますの」
「え?」
ユースがきょとんとする。
クラリスはほんの少しだけ目線を落とし、言いづらそうに唇を噛んだ。
「入学したら、私にもフィリアさんのように、気安く接していただけないかしら」
「……え?」
「もちろん、身分の差があるのは承知していますわ。でも……同じ学園に通うなら、“同級生”ですもの」
いつものお嬢様然とした口調に、ほんのかすかに人間らしい揺らぎが混じっていた。
ユースは一瞬迷って、それでも柔らかく笑って返す。
「……その時は、善処するよ」
「ふふ、では期待しておりますわ」
クラリスは満足げに一礼し、再び背筋を伸ばして立ち去っていった。
残されたユースとフィリア。
フィリアは黙ったまま、ぷいっとそっぽを向いた。
「……善処ってなに?」
「え?」
「なんでクラリスさんには敬語なの? 私にはそんな風に言わないのに」
「そ、それは……クラリスは貴族だし、まだそんなに親しくないからさ」
ユースは慌てて弁解した。
フィリアはじっとユースを見て、ふーっとため息をつく。
「……ま、いいけど」
「え、ほんとに?」
「ほんとにって言ってるでしょ!」
フィリアはぷくっと頬を膨らませた。
でもそのあと、少しだけ口元をゆるめて、そっと言った。
「……でも、私のことも忘れないでよね。ユース」
「忘れるわけないって」
それだけで、少し照れくさい沈黙が二人の間に流れた。
試験の終わりとともに、学園での新しい日々が、確かに近づいてきていた――。