43.冬の足音と、王都からの知らせ(前編)
アウス村の朝は、少しずつ白くなり始めていた。
窓の外に目をやると、霜がうっすらと地面を覆い、畑の畝にはキラキラと氷の結晶が光っている。
「もう、冬がすぐそこか……」
ユースは吐き出した息の白さに苦笑しながら、厚手のマントの襟を立てた。
村人たちは今朝も元気に動いている。薪割りや干し野菜の整理、鶏小屋の補修。
冬を迎えるための支度が着々と進んでいる。
「ユース!」
フィリアの声が通りの向こうから響いた。明るい栗色の髪が霜の朝日に揺れ、元気な足取りで駆け寄ってくる。
「おはよう、フィリア。今日も薪の調達? 偉いな」
「うん。あとは干したハーブと、保存食のチェックも。セラさんが色々仕込んでくれてるんだ」
「母さん、冬の保存食は気合い入れてるからなあ……」
笑い合いながら、二人は村の中央へ向かう。
「……ん? 向こうから何か来てる!」
フィリアが指差した先、村の外れの道には一頭の騎獣――王都の使いが乗る、よく訓練された青毛のホーンフェローが姿を現していた。
馬よりも一回り大きく、額の一本角が王都からの“正式な使い”であることを示している。
「ユース殿を探している。王都からの書簡だ」
「……俺?」
ホーンフェローの背から降りた使いの男は、きびきびとした動きで村長と挨拶を交わし、その後、ユースの方へと歩み寄ってきた。
「ユース殿ですね。書状を預かっております」
驚きつつ、差し出された封筒を受け取る。表面には達筆な文字で、「アストレイ・ノルベルト」と記されていた。
「ありがとうございます。たしかに、受け取りました」
羊皮紙に丁寧に巻かれたそれは、封蝋にアストレイの魔法紋が刻まれている。
破らぬよう慎重に開き、ユースは中身に目を通した。
――そして、思わず顔をしかめる。
「なんてこった……やっぱり来るのか……」
フィリアが心配そうに覗き込む。
「どうしたの? もしかして、学園の試験でも?」
「いや、それどころじゃないかも……」
ユースは書状を差し出しながら、軽くため息をついた。
「王族を含む高位の視察団が、近々このアウス村に来るんだってさ。視察の目的は“農業振興”と“魔法の応用技術”の確認……つまり、僕らのスイーツ作りも含めてだ」
「ええっ!? そ、それって……まさか……」
「うん、多分だけど――アリシア王女も来るらしいよ」
ユースの言葉に、フィリアの頬がぴくりと引きつる。
「ま、またあの王女さまが!? しかもここに!? あの子ってば、この前もユースのこと“専属になってくれないかしら”って――うぅぅ……」
ユースは苦笑しつつ、手紙の残りを読み進める。
アストレイの筆跡は整っていて、視察の目的が詳細に記されていた。
その中でも目を引いたのは――「スイーツによる地域振興」が、王宮内でも話題になっているという一文。
「はぁ……見せる準備、しないとな……展示とか説明とか……」
「な、何を見せるの!? お菓子!? それともユースの魔法!?」
「両方……かな。でもまずは、ちゃんと準備しないと。見た目も味も文句なしの“おもてなしスイーツ”を作らないとね」
ユースはすぐに、家のキッチンへと足を運んだ。
ガルドからもらった珍しい香辛料――それは、芳醇な柑橘系の香りを持つ《太陽胡椒》。
果実のような香りと、ほんのりとした温かみを感じる不思議なスパイスだった。
「これを合わせるとしたら……やっぱり、あれかな」
彼はリンゴのコンポートを用意し、パイ生地を手際よく伸ばしはじめる。
「《雪の果実タルト》――冬にしか作れない、特別な一皿にしよう」
視察団が来るまで、あとわずか。
アリシア王女の興味、王族の視線――そして、村の未来。
いろんな期待と重圧を背負いながら、ユースの手は、いつものように確かなリズムで動いていた。