41.秋の終わり、静かな午後の出会い
アウス村を包む空気は、すっかり冬の入口を感じさせるものになっていた。
木々は紅葉を終え、枝先からひらひらと名残惜しげに最後の葉が舞い落ちる。朝夕は息が白く、村人たちは干し肉づくりや穀物の保存など、冬に向けた準備に忙しくしていた。
そんなある日。村の広場に立つ屋台の一角、スイーツを売るユースの屋台の裏で、ひとつの小さなやりとりが行われていた。
「さて、そろそろ落ち着いたかな」
声をかけたのは、長旅の埃を纏ったガルドだった。長いマントを軽く払い、肩に背負った荷袋を下ろして椅子に腰を下ろす。
ユースは片付けを終えると、マグカップに温かいハーブティーを注いで彼の前に置いた。
「お待たせしました。で……話って?」
「うん、まあ急ぎじゃないんだけどね。まずは――例の品、お願いできるかな?」
ガルドはどこか申し訳なさそうに、それでいて期待に満ちた目でユースを見つめた。
「白砂糖、ですね」
「そう! どうしてもね、嫁さんから毎日催促されていてね…」
ユースは小さく笑い、屋台の脇に置いていた布袋を取り出した。中には、白く粒立った貴重な砂糖が詰まっている。
「ちゃんと用意していますよ」
「ありがたい!」
砂糖の袋を手に、ガルドは満足そうに頷いた。その手つきは丁寧で、まるで宝物でも扱うかのようだった。
「それとね、今日はちゃんとお礼を用意してきたんだ」
彼は荷袋をごそごそと漁り、ひとつの小瓶と布包みを取り出した。
「これは……?」
「珍しい調味料さ。東方の港町から手に入れた香り高い果実酢と、ほんのり柑橘の香りがするスパイス。どちらも甘味と合わせると面白い味になるって評判でね。君なら、きっと何か面白いものを作ると思って」
瓶の栓を開けると、ふわりと爽やかな香りが広がった。甘さの奥に、ほんのりとした酸味と香草の清涼感が混じる、独特な匂いだった。
「……すごいですね。これ、温かい菓子に合わせたら……」
ユースはすぐさま頭の中でレシピを組み立て始めた。温かく煮た果実に絡めるか、それとも発酵させた生地に練り込むか。どちらでも、今の季節にぴったりなものができそうだった。
「今度の試作で使ってみます。子どもたちに味見を頼んでみようかな」
「その反応をまた俺が持ち帰れば、宣伝にもなるしな。まさに持ちつ持たれつってやつだ」
ふたりでくすくすと笑い合った後、ガルドは少し真面目な顔つきになった。
「そうそう。王都からの噂話なんだけど、ひとつ面白い話を聞いてね」
「また仕入れの話ですか?」
「いやいや、今度はちょっと――大きな話さ」
ガルドは声を潜めるようにして話し始めた。
「最近、王都でグラシア子爵領のことが話題になってるらしい。特に、このアウス村の農作物の質がすごくいいって評判で、王宮の方でも“視察”をするって話が出てるんだ」
「アウス村が……王都に?」
「うん。どうやら貴族だけじゃなくて、王族の誰かも同行するんじゃないかってさ。まあ、まだ噂の段階だけど、王都の連中がそう言ってるなら、無視はできない」
ユースは少し驚いた表情で眉を上げ、次第に苦笑いに変わっていく。
「……まさかとは思うけど、アリシア王女が来たりして」
「あはは、さすがにそれは――いや、ないとは言い切れないか。あの子、ユース坊やのスイーツが大好きなんだろう?」
「……その“だろう”が確信に近いから困るんです」
ユースは肩をすくめ、手元の小瓶をそっと持ち上げた。
アリシア王女との再会――あるいは思わぬ来訪。そんな未来の予感が、ほのかに甘く、そしてほんの少しだけ酸っぱく、秋の空気に混ざっていた。